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一人夕食を終え夜着に着替えた奈津は、急に自分の浅はかさに気づき悔いた。自由勉学をエサにまんまと釣られて結婚してしまったわけなのだが、与えられた寝室はひとつでありそこには大きなベッドを確認している。
(まさか桐ヶ崎様と一緒に寝るの……)
あらぬ想像をして一気に頬が染まる。
(や、やだ、私ったら)
まだ寝室には一人だというのに奈津はやたら緊張してしまう。頭の中は勝手に想像が膨らんでパンクしそうになっていた。
(本当に? 本当にここでいいのかしら?)
昼間ここに越してきたとき、使用人から主寝室だと案内されているのだから間違いないだろう。奈津の部屋も与えられているが、そちらはベッドも布団も置いてなかった。
成臣の帰りを待っているべきか先にベッドに入っているべきか悩んでウロウロと歩き回っていると、ふいにノックが聞こえ、部屋のドアが開いた。
「奈津、まだ起きていたのか?」
「き、桐ヶ崎様っ。お、おかえりなさい」
ぎこちなく挨拶をすると、成臣はあからさまに不満そうな顔をする。
「奈津、仮初めでも夫婦なのだ。名前で呼んでもらわないと困るな」
「あ、すみません。えっと……な、成臣様」
言って胸がぎゅんと震える。男性を名前で呼ぶことにこんなにも緊張しただろうか。同時に、名前で呼ぶことで成臣と結婚したのだという実感がじわりとわいて焦りを覚えた。そういえば成臣もいつの間にか奈津と呼び捨てに変わっている。
「そんな緊張しなくともいい。別に取って食おうというわけじゃないんだから。それから、様は少々他人行儀だな」
「はい、えっと、……成臣、さん」
恥ずかしがりながらも素直に言い直す奈津に、成臣は満足そうに頷き目尻を下げた。その眼差しはとても優しく、奈津の心臓はドキリと悲鳴を上げる。成臣はそんな顔もするのかと、奈津は驚きつつもなぜか恥ずかしく慌てて目をそらす。
いちいち初心な反応を見せる奈津を、成臣は殊更柔らかな表情で見つめた。
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