2.仮初めの結婚

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「今日は引っ越しを手伝えず申し訳なかった」 「大丈夫です。そんなに物もないですし、使用人の皆さんにも手伝っていただきました」 「そうか、それならよかった。今日は学校へ行ったのか?」 「いえ、今日は一日中荷物を整理しておりました。あ、万年筆が置いてありましたがいただいてもいいのですか?」 「もちろんだよ」 「でも舶来品はとても高価なものでは?」 「そうだな。だが奈津なら使いこなしてくれるような気がした」 「ありがとうございます。大事に使います」 お礼を言うと成臣は目を細める。そして奈津の頭を優しく撫でた。成臣の大きな手はあたたかくて奈津を包み込むようだ。嬉しいような恥ずかしいような、なんともくすぐったい気持ちに、奈津はどんな顔をしていいのかわからない。 「もう遅いから先に休むといい」 「はい。その、同じベッドで……?」 「別々の部屋で寝ると使用人たちに怪しまれるからね。だが奈津が嫌なら私は書斎にでも籠ることにしよう」 成臣はそう言うと寝室を出ていこうとする。あっさりと背を向けられて、奈津は無意識に成臣の洋服の裾を掴んでいた。くんっと引っ張られ、成臣は驚きながら振り向く。掴んだ奈津さえもハッと目を泳がせ、慌ててパッと手を離した。 「あ、えっと……成臣さんはベッドでお休みになってください。私が書斎に行きますから」 「それはダメだ。奈津がベッドで休みなさい」 「いえ、ダメです。成臣さんが使ってください」 「奈津が使うんだ」 二人の押し問答はしばらく続き、やがて答えの見えない終着点は“同じベッドで寝る”ということになった。 これでよかったのか、奈津にはよくわからない。 けれど成臣を寝室から追い出して自分だけが広いベッドを使うだなんて事は考えられなくて。いくらなんでもそれは申しわけなさすぎる。 けれど一緒に寝ることを妥協してしまった今は、少々後悔の念も入り混じる。どうにも居心地が悪い。 背中合わせでなるべく端によって身を縮める奈津は、静かな寝室で布団の擦れる音にすら敏感に反応してしまうくらい神経が研ぎ澄まされていた。何をするわけでもない、ただ隣に成臣がいるだけなのにドキドキと鼓動が早くなる。ときおり深く息を吐き出すもその緊張がほぐれることはない。今夜はまったく眠れる気がしなかった。
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