1.プロローグ

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1.プロローグ

時は明治の終わり頃――。 文明開化の訪れと共に、和と洋が混在し急速に変革が続いた時代。 目まぐるしく変わる時代の流れの中で、季節だけはいつもどおり変わらず移ろいでゆく。 奈津は玄関の大きな扉を開けた。ふわっと乾いた風がほんのりと体を吹き抜けていく。 カラリと晴れた良いお天気に思わず目を細めた。 目の前には自動車が停まっており、運転手が主人の来るのを待っている。 純和風の家に住んでいた頃には考えられないほど西洋風の建物。日本風の屋根瓦に洋風建築は周囲とは一段高い位置に建っている。広い庭には石畳が敷かれ、花壇にはいくつかの花と綺麗に植栽された名も知らない西洋の植物が鮮やかに融合している。異国情緒たっぷりな風景、そこが結婚後の奈津の家だ。 「奈津、今日は帰りが遅くなる予定だから」 洋服にソフト帽をスマートに着こなす夫の成臣は奈津にそう告げると、玄関前につけてある自動車に颯爽と乗り込んだ。到底一般庶民には手が届かない自動車は、桐ヶ崎家にとっては当然のように通勤通学用の足となっている。 「はい、成臣さん。気をつけていってらっしゃい」 「奈津も気をつけて」 小さく微笑んで成臣を見送った後、奈津も女学校へ行く準備をする。成臣を乗せた自動車が戻ってきたら、次は奈津がそれに乗って学校へ行くのだ。それが、結婚した二人の生活様式。 結婚すれば家庭に入ることが女の幸せだと言われていた時代。奈津は抵抗するように時代の流れに逆行していた。けれどそれは成臣も了承してのこと。 なぜならこれは二人の利害の一致がもたらす結婚で。 そう、いわゆる仮初めの結婚だからできること。 この結婚が仮初めだということは、もちろん二人だけの秘密なのだが――。
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