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疎外効果を見越しての襲撃?
野営地は森の入り口付近。
魔物が跳梁跋扈する森の真っ只中ではないものの…
襲撃の危険が常にある。
なので夜、睡眠を取るのも交代制。
A・B・C・D・Eの各班から一人づつ。
一時間半の見張り番に交代で立つのだ。
E班のみが六人組なので一人余る。
お陰でレベッカが「余り物」と見做されて、同じE班のハーモン・トレントと一緒に見張り番をする事になった。
ようは「ハーモンの添え物扱い」。
一見、特別扱いではあるが
「女子は一人前に見張り番をこなす事はできないだろう」
と侮っている事がよく分かる。
それでいて皆、あくまでも親切で、そういった特別扱いをしているのだからタチが悪い…。
参加者選別のための野営地までのランニングの時に
「押されて転ぶと危ないから」
という善意で最後部に追いやられたのと同じ…。
一々文句を言うつもりはないものの…
(…騎士という職業は案外ジェンダー面で閉鎖的なのかも知れないな)
という感想はレベッカの中にこびり付いた。
女性王族の近衛として女性騎士の需要がある以上
「女性騎士を育てる環境は必要なんじゃないのか?」
という気もするのだが…
そういった環境作りは本来なら
「女性王族の近衛には女性騎士を当てたい」
という要望を持つ国王が率先して進めてくれていて良い筈…。
(この研修会には第一王子と第二王子が参加してるけど、その辺の事をどう考えてるんだろう?)
と微妙に気になった。
第一王子のドミニクはレベッカがハーモンと一緒に見張り番に立つ時間帯にちょうど当番だったらしく、レベッカ達と少し離れた場所に立って森の闇の中に目を凝らしていた。
夜行性の魔物も多い。
夜行性の魔物は夜目が利く。
人間が魔物を見つけるより早くに魔物は人間を見つけてしまうだろう…。
獣型の魔物ーーいわゆる魔獣がドミニク目掛けて襲いかかったのは
ほんの一瞬のことだった。
そしてロドニー・デュー教官がまるで予期していたかのようにドミニクの前に立ち塞がって魔獣を一刀両断にしたのもまた一瞬のこと…。
ロドニー教官以外の誰も動けず
(((((何が起こった?!)))))
と戸惑ったまま数秒が過ぎた。
「…あ、ありがとうございます…」
とドミニク王子が驚愕状態から気を取り直してロドニー教官に礼を言った事で
同じ時間帯に見張り番をしていた者達も
「…び、ビックリした…」
「一体、何だったんだろ」
「…森の茂みの中から魔獣が最短距離でドミニク王子に襲い掛かったよな…」
と口々に自分の思いを口にした。
それに対してロドニー教官が
「丁度いいから、よく聞いておけ。この場に居た全員がこの魔獣が放っていた殺気を浴びている。
あれくらい強い殺気だと騎士ならすぐに気づかなければならない。
大事な事だから忘れずに覚えておいて欲しいが…『殺気に気づかなかった』と思ってるヤツは『気づかなかった』のではなくて『殺気に呑まれて、魔獣から振りかけられた死の運命の中に巻き込まれていた』のだという事を自覚して欲しい。
殺気に呑まれて殺気に気づかないヤツは回避行動も迎撃も有効に行えない。
戦闘は剣術や魔力補助だけでなく『敵が放つ殺気に呑まれずに済む胆力』を鍛える事も必要だ。本気で騎士を目指す気があるなら、よく覚えておけ」
と言いながら魔獣の心臓部分に切れ込みを入れた。
魔石らしきモノが焚き火の灯りに反射して鈍く光ったのを見ながら
(…殺気に限らずなのかも知れない…。「敵の気に呑まれると、敵の害意に気づけなくなる」という法則が働くのかも…)
とレベッカは感じた。
(…敵に囲い込まれて、敵の気を浴びせられて、敵の気に呑まれると…自分の側の利害関係を当たり前に持ち続ける事でさえ否定されて気がつけばいつも損をさせられる。そんな「絶望しか生み出さないダブルスタンダード」は自然界だけでなく人間社会にも有るのかも…)
そう思ったーー。
*************
翌朝にはドミニク王子襲撃の衝撃は収まっていて、レベッカもハーモンも普通に目が覚めた。
(…ドキドキして眠れない、とか思ってたのに、いつの間にか呑気に寝こけてた…)
と思って、少し恥ずかしく思いながらレベッカは口元に垂れていたヨダレを拭いた…。
よほど疲れていたらしい…。
レベッカがハーモンの方を見遣ると、ハーモンも今起きた所だった。
「…おはよう」
と挨拶すると
「…おはよう。…寝てる間に喰われてなくて良かった…」
との返事が返ってきた。
「え?何のこと?ハーモン達の見張り番の時に何かあった?」
とエリアル・ベニントンが首を傾げて尋ねたので
「…うん。実はさ…」
とハーモンが昨夜のドミニク王子襲撃事件に関して話した。
「…やっぱり、か」
とルシアン・バンクロフトが言うと
ポール・ダーウィンがルシアンの言葉に賛同するようにウンウンと頷いたが…
他の者達には意味が分からない。
「お前ら何か知ってるのか?」
とマーヴィン・ブラッドリーが訊くと
「去年の研修会でもドミニク王子が野営の見張りに立った時にドミニク王子目掛けて魔獣が襲って来たって噂があるんだ」
とルシアンが
「誰かが魔獣を手懐けてドミニク王子を狙って襲わせたのか、ドミニク王子自身が魔獣から見て『美味しそう』と思われる何かがあるのか、どちらかなんだろうなって話だよ」
とポールが、ドミニク王子に関する物騒な噂話をした所で
不意にレベッカは
(そう言えばドミニク王子の婚約者は貧乏子爵家の令嬢になる予定なんだよな…)
と思い出した。
ゲーム内のステータスで言うならーー
ドミニク、グレッグ、サディアスの三王子の中でもドミニクは一番スペックが高い。
学業面でも常に学年首位。
魔法の実技でも剣術でも常にトップだった。
そんな事もあり、王妃はドミニク王子に関しては特に
「肩入れを禁じる」
ような陰湿な牽制を仕掛けている。
(「ドミニク王子が度々襲撃に遭えば、その分「一緒に居れば巻き込まれるかも知れない」と思う者達は遠ざかる。…襲撃自体は騎士に阻まれる事を見越した上で、殺すつもりはなく、王子に肩入れする者を無くす目的で周りを巻き込みかねない襲撃をさせてる可能性があるんじゃないかな?)
と思ってしまったのだ。
レベッカの考えを読んだという訳でも無さそうだが
エリアルが
「…なるほどね。王子様というのも大変だね。無能であれば嘲られ、有能であれば狙われ脅かされる。…そういった不条理からお護りするのにさえ、強さだけじゃ足りず、情報と策略力さえも必要になる。誰も彼もが諦めて流れに乗っかるだけになっていく筈だな…」
と肩をすくめた。
レベッカはエリアルの顔をマジマジ見つめながら
(この時点ではエリアルは随分と聡明なんだな…)
と思った。
王立魔法学院の高等部に進学して、ヒロインに出会ってしまうと
攻略対象の男達はどいつもこいつもポンコツになる。
いわゆる「恋愛脳」。
カルトなどにも同じ事が言えるが
「思考体力絶倫の頭が良い筈の人間ほど、狂うと手に負えないほど愚かになる」。
なので思考体力絶倫の頭の良い男は
恋愛ともカルトとも無縁に潔癖に生きてくれた方が
人間社会にとって確実に有益だ。
(…それなのに…。何も知らずに出会ってしまうんだろうなぁ)
未だ訪れぬ未来に対してレベッカは溜息を吐いた…。
********************
その後も日中はつつがなく過ぎーー
夜になると王子達が見張り番の時に限って
「魔獣が王子を狙って襲撃してくる」
といった事態が続いた。
「…うわぁ…。もう『王子を狙って襲撃させてます』ってのをもはや犯人側は隠してもいないよね?」
とさすがに軽薄なルシアンでさえも眉をひそめた。
ドミニク王子だけでなくグレッグ王子も襲撃された事で
「グレッグ王子の取り巻き候補」
であるE班の面々は皆、複雑な心境になっているのだ。
(ゲーム内ではエリアルはグレッグ王子の親友で側近的位置付けだったし、この班の連中もモブとして名前も出ないながら登場してたかも知れないんだよな…)
不思議なものだ。
モブキャラとして名前すら認識してなかったような連中と同じ班になって協力し合いながら雑用に明け暮れているのだから…
(やっぱり液晶画面越しの消費者目線でのゲーム消費とVRへのフルダイブ型転生とでは、認識の臨場感もこんなに違ってくるんだな)
と思わざるを得ない。
何も考えずに、ただ取り巻きしてるように見えて
実は皆、色々悩んだり、思う事もあるのだと分かった。
「そこに一人の人間の人生があり、人格がある」
のだと分かった。
だからこそでもある。
貴族である以上
「テロリズム誘導を仕掛けてる誘導者」
の思惑に安易に流されるのもどうかと思ってしまう。
利害関係の対立があり、本当は利害関係の対立を巡って交渉しなければならない場面で
(戦わなければならない場面で)
「テロの標的にされるリスクを恐れて、テロリズム誘導に乗せられて操られていく」
というのは…貴族として無責任過ぎる。
社会というものの中に宿るべきパワーバランスや調整に関して
貴族ならば
(マジョリティならば)
「人々が暮らしていけるように」
という意図の元
貪欲に貪る者や侵略者に対して
粛正していく責任がある。
隣国の王家をルーツとするオークウッド公爵家(正妃の実家)のアイデンティティがどこに在るのかも定かではない状態で
「王太子の地位を盤石にすべく」
隣国の手を借りて、ランドル王国内の権力を一手に担おうと画策がなされているのなら…
「オークウッド公爵家と正妃の思惑通りにはさせてはいけない」
という気がする。
国の一部を任されている貴族なら、そういったパワーバランスの必要性を理解できる筈だと。そう思いたいものだ。
なのにーー
研修会期間の二週間が終わる頃にはエリアル以外のE班の少年達は
(モブキャラ達は)
グレッグ王子に対して随分とギクシャクした態度を取って疎遠になっていた…。
レベッカが
(…大丈夫なのか?この国…)
と微妙に不安になったのは言うまでもない…。
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