死者の魂に仮想人生を

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死者の魂に仮想人生を

9e34de6a-60ad-441d-b9f3-bf4372556f36 本物の霊能者を輩出している日向流一門。 その創始者である日向照(ひゅうがてる)の実子である日向雨(ひゅうがあめ)は、日向流の会長の座に着いてはいない。 それでいて日向雨は、日向照が「守護神様の指示に従って生み出した」稀有な霊能者である。 子供の頃からあり得ないほどの虚弱体質。 死にかけた事は数知れず… 実際に心停止した事も度々…。 「心が折れる」 「生きたいという執着を感じない」 そんな受動的虚無感に浸りながら 「この子は守護神様の指示でもうけた子だ。特別な子だ」 という父の妄執を一身に浴びて生き長らえ続けた…。 そして人生のある時点をもって健康体と化した。 そんな日向雨は「竜童零(りゅうどうれい)」という通り名で 芳香剤や防虫剤を通信販売したり イラストレーター、エロ漫画家をしている…。 心身共に健全な霊能者が 「自分自身の安定的生体波動を芳香剤や防虫剤のような消耗品へと転写」 する事で 「祝物(いわいもの)」 と為し 「邪悪な波動を寄せ付けない魔除け代わり」 として販売するのは… 霊能者としての奉仕活動のようなものである。 一方で雨は 「生身の人間に発情できない」 という特異体質の持ち主。 なので思春期の頃には既に 「二次元美少女にしか勃たない自分自身のためにエロ二次絵で身を立てていこう」 と決意して画力を磨いていた。 お陰でエロ漫画家として身を立てていけるようになったのみならず 乙女ゲームのキャラクターデザインを任されるようになり シリーズ三作目にしてシナリオにまで口出しできるようになった。 シナリオライターの筒井は 「霊能」 というものに対して眉唾的に捉えているものの… それでいて 「霊能者を自称する連中は特殊な価値観を持っているのだろう」 と珍獣でも観察するような興味を雨に対しても向けていた。 雨が乙女ゲーム制作者達に真っ先に受けた質問は 「『乙女ゲームの世界に転生しました』的な内容のラノベをどう思います?霊能者から見て、そういった架空世界への転生はあり得ると思いますか?」 といったものだった。 なので雨は先ず 「中有空間(バルドゥ)」 に関して説明してやらなければならなかった。 「この世という空間」は「有」と「慣性作用」と「反転作用」からなる空間なのだということ。 そしてバルドゥは意識有るモノが 「凍結された反転作用」 「凍結された相殺作用」 のような 「凍結されたモノ」 の中に宿らされている状態である事。 「存在するモノが存在し続けようとする慣性」 が結果的に 「予定調和という安定を求める傾向」 を持つのだということ。 そういった予備知識の説明が 「俗人達の主観に転生という錯覚が起こる条件」 の説明に必要だった。 バルドゥは裁判中の被告人が監禁される留置所のような場所。 意識が人間社会の価値観に染まり過ぎていて そのままでは参入待機空間へ上がれない者達の仮滞在所。 その中で死者の魂は夢を見る…。 バルドゥの中で見る夢ーー。 そこでは 「乙女ゲームの世界に転生しました」 的な夢も展開され得る。 ーーといった説明を雨が分かりやすくしてみたが… それをゲーム制作者達が理解できたとも思えなかった。 ******************** 『暁の乙女と時空の虚無神〜革命前夜〜』という乙女ゲーム。 暁の乙女シリーズ三作目。 シリーズの中でも特に作画の緻密さや新鋭声優の魅力や音楽の美しさで支持を集めた作品である。 一作目・二作目でたんまり稼いだお陰もあり… 三作目は資金に余裕を持って創られた。 二次元のバーチャル空間でありながら、ファンの夢にまで出てきそうな吸引力ある作品として仕上がった。 なので、このゲームのファンだった人達が死後に 「中有空間(バルドゥ)で見る夢」 として 『アカオトの世界に転生しました』 という仮想人生を体験したとしても不思議はないのである…。
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