『乙女ゲームの世界に転生しました』

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『乙女ゲームの世界に転生しました』

7438a492-56b0-45fa-92d4-97c3fdad447b グラインディー侯爵家令嬢。 レベッカ・マドレーン・トビアス・ルース。 彼女は慢性的に不機嫌な家族と同様に、慢性的に不機嫌だった。 すぐにイラついて侍女や侍従に当たり散らす。 そんな性格に自分でも全く疑問を持って居なかった。 ある時まではーー。 …記憶が蘇るという現象は 「記憶の引き出しを引き出してしまう」 事で起こる。 レベッカは一人で食事をしながら急激な腹痛に見舞われて (…苦しい…。死ぬのか…。私は誰にも愛されていない…。…最期の最期まで、私は誰からも愛されなかった。…今回も…) そう思いながら… 液状の便を漏らしつつ口からは一度嚥下した食物を嘔吐した…。 ドラマなどフィクションだと 毒を摂取した時に口から血を流すようなシーンが描かれるが… 実際に毒物にやられると… 肛門から便を漏らし 口からも食物と唾液と血を吐くという 非常に見苦しい状態で悶え苦しむ事になるのだ…。 レベッカは悶え苦しみながら気を失った。 そのまま 「自分がアラサーの枯れた日本人喪女だった」 事を思い出し… 目が覚めた時に (…私は乙女ゲームの世界に転生してしまったんだな…。しかも悪役令嬢に…) と理解できた。 アラサーの日本人喪女ーー 岡崎五月(おかざきさつき)だった自分。 死んだ原因は食中毒だった。 なので毒物を摂取して死にそうになった事で 五月としての記憶を思い出してしまったようだ…。 (前世を思い出すキッカケは同じ死因で死にかける事?なのかな…) とボンヤリ考える。 …家族から愛されていないとは言っても レベッカ・ルースは腐っても侯爵家令嬢。 倒れているのを執事に発見されて一応医者は呼ばれた…。 勿論、この世界の医学レベルは迷信蔓延る中世医学。 解毒剤の種類も毒の種類に応じたバリエーションがあるという訳ではない。 いわゆる万能解毒剤(テリアカ)と思われている吐瀉促進薬を口に流し込まれ、寝てる間にも嘔吐させられ、胃の中を完全に空っぽにさせられただけで… 後は当人の生命力に頼るという原始的なやり方…。 (…よく死なずに済んだものだな) と自分の生命力のしぶとさに密かに感心してしまった。 現在11歳ーー。 レベッカは死にかけ岡崎五月だった頃の記憶を思い出した事で、今自分が暮らしてるこのランドル王国が 「暁の乙女シリーズの世界だ」 と気が付いたのだった…。 更には自分の名前がレベッカ・ルースである事から 「私はエリアルルートの悪役令嬢だ」 「今の時間軸は『暁の乙女と時空の虚無神〜革命前夜〜』のゲームが始まる4年前だ」 という事も悟った…。 『暁の乙女と時空の虚無神〜革命前夜〜』通称アカオト3。 そこに登場するヒロインはクラリッサ・チャニング。 クレーバーン公爵家令嬢。 クレーバーン公爵家の一粒種の嫡男が亡くなり、後継者は親戚の中から出されるものと誰もが思った中、公爵が愛人との間に娘を設けていた事が明らかになった。 クレーバーン公爵の愛人は国立劇場の女支配人。 歌姫のポジションから成り上がった女性。 クラリッサはその娘。 クラリッサは自分の母に憧れて 「母のようになりたい」 と思っていた。 クラリッサは歌姫としての才能にも恵まれていて、尚且つ貴族特有の 「魔力を持つ体質」 である。 自分の声に自覚もなく魔力を乗せて 「自覚もなく魅惑魔法(エンチャント)効果を発揮してしまう」 天然の危険人物…。 王立学院は貴族子女が12歳から通うものだが… ヒロインが王立魔法学院へ入ってくるのは15歳の時。 高等部からの入学。 ヒロインが公爵家令嬢である事実は最初は伏せられている。 公爵の意向もありーー 貴族のマナーを学び公爵家令嬢として相応しい振る舞いができるようになるまでは 「公爵家の親戚筋に当たる平民」 という名目で学院で学ばなければならないのだ。 乙女ゲームにおける 「庶民感覚のヒロイン」 という存在ーー。 それはそれまでの貴族らしい貴族達に対しては 「まるで托卵雛」 のような存在。 托卵雛は卵から孵ると刷り込みのままに 産み付けられた養父母の巣で その巣の本物の卵を押しやって巣から堕とす。 何の罪悪感もなく そこで生きていく筈だった者達を殺し 居場所を奪い 養父母に厚かましく甘えて遠慮なく餌をねだる。 急に割り込んできて 本来そこで生きる筈だった者達から生きるのに必要なものを奪い そうした犠牲に対して何も感じず 自分の幸福だけをひたすら望んでしまえる呪われた生き物…。 だからこそ王子をはじめとする高位貴族令息達がヒロインを溺愛して 「托卵雛にせっせと餌をやり、自分の本当の子供を顧みない愚かな親鳥」 のような鳥頭状態になってしまった場合 「王国の滅亡」 という運命が用意されている。 一方でハッピーエンドの中では王国滅亡は免れ ヒロインも攻略対象達も精神的に成長している。 婚約者を盗られた悪役令嬢も通常だと 「処刑」「身分剥奪」「国外追放」「奴隷落ち」 などの破滅が待っているが、ハッピーエンドルートだと修道院行きで済む。 後年は悪役令嬢だった女性達は国内福祉に力を入れて「聖女」と称えられる。 「ハッピーエンドはちゃんと存在する」のだ。 だがゲーマーの間では 「ハッピーエンドが存在しない鬱ゲー」 と認識されていた。 いずれにせよハッピーエンドとなる可能性は低い。 五月が破滅を免れてハッピーエンドに辿り着けるのかどうかは分からない…。
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