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ロドニー・デューの独白:40
「…驚かないんですか?」
「…そんなに驚くべき事なのか?…言っておくが、私は『空間』というモノに対する認知において、それなりに卓越した感性を持っている人間だと自負している。
だから『前世の記憶がある』ような人間がいたとしても不思議はないと理解できているよ。
勿論、そうした神秘主義は『卓越した能力の説明』として聞かされる時には納得できるという話だ。
『前世の記憶がある事自体が特別だ』と思い込んで自己特別感を掻き立てている人間が『前世の記憶がある』と吹聴して回る中での御託に関しては耳を傾ける値打ちはないとも思っている。
『自己顕示欲を越えた他者への善意』を持っているのなら、一般的に許容されない方法で知り得た知識を自慢げに語るのではなく、誰にも告げずにコッソリ人々のために役立てようとするだろうからね。
その点、君もレベッカも『一般的に許容されない手段で知り得た知識』に関して誰にも悟られたくないと思っているような振る舞いをしている。だからこそ信憑性があるように見える」
(…俺がこの世界に関するゲーム知識を誰にも悟られたくなかったのは『BL二次創作品を通して得た知識だからです』という恥ずかしい理由なのだが…)
思わず複雑な心境で
「…そうなんですね」
と頷いてみせた。
「…『既視感』なら私も生きている中で度々感じる事がある。自分以外の自分であった時に経た体験を再び繰り返しているかのような気がした時に『自分以外の自分』に関して、不意に『思い出す』んだ。
あくまでもまとまりのある記憶ではなくて断片的な記憶のカケラなので、もしかしたら他人の見てる夢が自分の記憶保管庫に入り込んできてるんじゃないかという気もするけど…私にとっては『意識』という空間に対する認知が広がるキッカケになってるよ」
そう言われてふと
(…天才という生き物は「謎が有れば解く」「全てをカテゴライズして謎を解く鍵を手にしておかなければ気が済まない」という内的整理整頓欲求によって認知領域を広げていく性質を持つのかも知れないな…)
と思った。
ドミニク王子はその点、俺がいう『未来視』にも
「何故そういう現象が起こるのか」
という理由付けをしたがる。
初めから
「複数の世界線へとシナリオ分裂していく選択型シミュレーション」
のようなモノについて彼の中に概念があったからスンナリと話が通じたのだ。
俺が
「前世の記憶がある」
事をカミングアウトした事でドミニク王子は更に分析・推理の可能性の幅を広げて、俺ですら知らない【世界】というもののカラクリに気付いてしまうのかも知れない。
「…俺が前世の記憶を思い出したキッカケは出血多量で死にかけた事でした。前世の死因が出血多量だったので『前世の死因と同じ死に方で死にかける』事が前世の記憶を思い出すキッカケになってるのか?と思いました」
気がつくと正直に記憶が蘇った時の状況を説明していた。
ドミニク王子は
「ふむ」
と頷いてから
「…今世で死にかけた時に君は何を思った?何か未練が有ったり、同じ事を繰り返したくないと思ったりしたかい?」
と、透明な視線で俺に問いかけた。
普遍的な問いだ。
死にかけた時の心情と、その後の変化との関連性とを繋ぐ問いかけ…。
「…そうですね。…未練はあったかも知れません。…ただその未練は俺に限らずなんでしょうね。
…社会全体が欺瞞に耽っていて、誰かが風穴を開けてくれるのを待っていた。
それでいて欺瞞社会に風穴を開けようとする人が欺瞞社会で甘い汁を啜ってる連中に袋叩きにされるのを見ても庇いもしない。
卑怯であり続ける事をやめる事にさえキッカケが必要な社会でした」
「皆が保身優先して、皆が正直者が馬鹿を見る社会を許容して、正直者をそのまま見捨て切り捨てる社会だったから…俺もそうしていました。
社会の全体像に気付かずにいられる程、何も知らずにいられたなら良かったのに。もっと社会からの恩恵も薄かったなら欺瞞に耽るでもなく何も気付かずにいられた筈なのに…」
「そこそこ社会の恩恵を受けて、そこそこ高度な教育を受けて、そこそこ人付き合いして社会を知ってしまうと『欺瞞に耽って自分自身の存在の不条理を見て見ぬフリをする』か否かの選択肢が生じるんです。
大半の人間が俺みたいに真面目に悩む事もなく『欺瞞に耽って自分自身の存在の不条理を見て見ぬフリをする』道を選んでいたんですが…
だからこそなんでしょうね。俺には『悩みもせずに欺瞞に耽って甘い汁を啜り続ける』事ができませんでした」
俺が前世を振り返って述懐すると
「…なんだか重い話だね。…何か国の命運を担う重要な地位に就いていたとかだったのかい?」
とドミニク王子が俺の顔を覗き込んだ。
文明の利器が溢れていた社会だったので中流層以上の暮らしの質は、この世界の上流層を遥かに凌ぐものだった。
だが、それでいて便利で優雅な暮らしをしていた人々の心には上流層特有の矜持など無かった。
「…いいえ。俺は前世でも今世と同様に『そこそこ良い暮らしができるモブ』の一人でしたよ。
あえて言うなら…この国のアザール派の末端貴族とかに近いポジションに該当していた感じでしょうかね?
自分の生まれ育った国をルーツ国に売り渡し、共に育った国民が見返りのない一方的被搾取状態に置かれるのを傍観して、悲劇をとめもせず、被害者を庇おうとも守ろうともせず『何も気付いてない』フリをして、『人が人を食い物にする図式』の恩恵の一端にぶら下がってました。
俺がもっと騙されやすい人間だったなら、そんな卑怯さの中に在って、その卑怯さに気付きもせずにいられたのかも知れません」
俺が首を振って、自分が特別ではなかった事実を明かすと
「…なるほど。君の政治に関する態度は私には腑に落ちなかったんだ。
…君は売国奴達を卑怯だと分かっているのに売国奴を本気で憎んでいるようには見えなかった…それでいて売国奴達の被害者達に対しては本気で救いたいと思っているように見えた」
と王子がゆっくりと頷いた。
自分の心境を話すの簡単でも
それが誤解なく伝えられるかどうかという点では
説明は簡単じゃない。
「…妙な話ですが。『憎悪すべき相手が自分にとって近しい』と、『断罪したい』気持ちと『断罪したくない』気持ちが同時に起こるんです。
何も考えずに『断罪すべきだ』という一択で生きられた方が楽なんでしょうが…『断罪すべき憎悪すべき者達』に対して『頼むから改心してくれ』『頼むから俺にお前らを断罪させないでくれ』という想いが起きてしまうものなんです」
「なのに…そんな想いさえ言葉にも出来ず、そもそもが売国奴達に『お前らは憎悪されるべき断罪されるべき罪深い者達だ』という事実を突きつけてやる事さえできていなかった。
だからこそ俺の想いは宙ぶらりんなんですよ…」
「虚構の歴史認識に騙されて自分達の積み重ねてきた罪を知らず、『永遠の報復者』を詐称して仮想敵を虐待し続ける連中の攻撃性を止めようとするのは、民間人にはリスクが高過ぎたんです。
何も知らずに寄生侵略者に超過搾取されている人達に対して『命と暮らしを守りたい』『その心を絶望から守りたい』と思う事さえ、民間人にはハードルが高かった…」
「だけど今は国に属する騎士です。公務員で非民間人。売国で甘い汁を啜っている連中に俺の想いが通じるとも思えませんが…
それでも何も知らずにそんな連中に蝕まれている国民に対して『命と暮らしを守りたい』『その心を絶望から守りたい』と思う事くらいは許される筈。
だから今世はある意味で『やり直し』の人生なんです」
「『守りたいと思う事さえ烏滸がましい』ような卑怯だった自分自身とは別の立場で、『守りたい』という想いを達成させるための人生…。
自分の自己満足で勝手に『守りたい』と思ってるだけなんですが…そんな想いでも『守るべきものを心に持たずに戦闘力だけ磨く』ような生き方をしてる連中よりはマシだと自負しています」
俺はそう言いながら胸の前でギュッと拳を握りしめた。
自分の心臓に「守りたい」という想いを刻み込むかのように…。
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