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確信犯
剣術大会の新ルールに対してはエリアルは最後の最後まで反対した。
「女性を景品化するなど女性に対する侮辱だ」
と口先では人権的な理由を口にしていたが…
単に
「自分より強い相手がレベッカを指名したら…」
などと想像した時にムカついて仕方ないからである。
そうしたエリアルの心理は他の生徒会メンバーにも剣術大会実行委員達にもバレバレだった事もあり
「自分が優勝すれば良いだけなんじゃないのか?」
の一言で済まされた。
つまり、打ち負かした相手の婚約者達の中から『一日婚約者』を指名する権利とは…
「権利行使しない自由も含む」
のである。
「女性を物のように扱うな」
と言うのなら
「自分が勝者となった時に指名権を放棄すれば良いだけ」
の話である。
これと同じ事は
凶悪犯罪者の死刑を反対する人権活動家にも言える。
「どんな凶悪犯罪者であっても死刑にするな」
と言う人達には
「自分自身や自分の大切な人達が虐殺されても犯人を死刑にしないでくれ」
といった犯罪者優先思想登録をしてもらい
「犯罪者優先思想登録をした登録者当人が被害者当人・被害者遺族となった時には犯人を死刑にしない(無期懲役にして5年程度で釈放)」
といった対処をすれば良いだけのことだ。
犯罪者優先思想登録者リストを一般公開しておけば
「誰でも良いから殺したい」
などといった殺戮欲旺盛な更生不可の凶悪犯罪者は
犯罪者優先思想登録者リストの中から
殺しのターゲットを選ぶようになってくれる。
それによって
「凶悪犯罪者が死刑になる事態は確実に減る」
のだ。
そうなれば
「どんな凶悪犯罪者でも死刑にするな」
という主張をする人達の願いも叶うし
「凶悪犯罪者は死刑にしろ」
という主張をする人達の
「我が身の安全が欲しい」
という真の願いも叶う。
万人にとってwin-winだ。
辻褄の合わない綺麗事を言う者達に
「綺麗事はお前一人で実践しろ」
と強要してみるのも、民主主義を公正に運営する方法の一つなのである。
そもそもが『一日婚約者』はそこまで重い問題ではない。
貴族令嬢は元々政略結婚の駒として
社交界という名の競売入札場で競り落とされる商品。
それが現実だ。
だが一級品を競り落とした側はホクホクで
落札品を誰にも見せずに誰にも触れさせたくない事だろう。
落札品が再びセリに掛けられるのを防ぐために
「女性は商品じゃない」
だのと行動と矛盾した世迷言までほざく。
『一日婚約者』指名のルールは
そうした欺瞞を可視化させてしまう…。
ドミニク王子が確信犯なのは
去年は既存の剣術大会のルールに従って、その中で優勝したこと。
そうやって既存のやり方に適応し誰よりも実績を出してから
新しいやり方を打ち出し
既存のやり方に何の疑問も持たずに従っている者達を揺さぶる所だ。
既存のやり方では何の成果も実践も出せない無能が
無能のくせに自分を有能だと信じて
自分が上手に出来そうな形へルール改悪するのとは
全くワケが違う。
しかもドミニク王子は今年も優勝候補。
Sっ気の多いドミニク王子に対して余りしつこく食い下がると
自分の婚約者がドミニク王子によって嫌がらせで
『一日婚約者』に指名されてしまうかも知れない。
しかも婚約者である令嬢の方でも一日懇意に過ごす中で
文武両道かつ眉目秀麗な王子に籠絡されてしまうかも知れないのだ。
「触らぬ神に祟りなし」
と思った者も多く、内心で新ルールに不満だったものの…
皆が皆、表立って反対はできなかったのが実情だった。
そんなこともありエリアル以外でも
(…ああ、ムカつく。絶対優勝してやる!)
と奮い立った者は多い。
「剣術大会の士気を高める」という新ルールの目的は
その時点でドミニク王子の思惑通りに達成されていたのである…。
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ブライトウェル辺境伯領は元々「武」を重視する領地。
エリアルはある意味、武術に関しては英才教育を施されていた。
生まれながらの気質的には文官よりの平和主義的気質。
なのに脳筋体質の父とその部下達に囲まれて
物心つく前から武術の基礎訓練を叩き込まれていた。
砂時計が落ち切るまでに反復横跳びを何往復行えるか
などといった競争も遊び感覚で行えば
子供は訓練させられている事にも気付かずに訓練し続ける。
剣の素振り一つにしても、余りにも
「暇さえあれば素振りする」
ような習慣が当たり前の環境だと
「機械的ルーチンの動き」
として自分の中に組み込まれてしまう。
「意識する前に身体が動く」
ような機械的刷り込みに武術的攻防の動きが組み込まれると、完全にだらけきった中でも本能的に危機を察知すると刷り込みのままに身体が動いてくれる。
知能の低い動物や単調な攻撃者に対しては圧倒的に優位なのだ。
だが逆にクレバーな動きには戸惑うし、フェイントにも掛かりやすい。
武術はある程度以上武術的攻防の動きを型として刷り込んだ後は
クレバーさやフェイントに対抗する柔軟性を磨く必要がある。
柔軟な感性と反射神経とのリンクとでも言えそうなもの。
エリアルはその点で才能があった。
エリアルがドミニク王子より武術面で劣っているのは
「死線をくぐった経験の少なさ」と
「確信犯的な腹黒さに欠ける点」のみなのだった…。
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