誕生日症候群

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 誕生日。それは、僕が主役になる唯一の日。 「誕生日おめでとう、ツトム!」  母親の言葉に、僕は笑みを抑え切れなかった。  僕は朝からずっとソワソワしていた。一年の中で最も好きな日。中学二年生にもなって誕生日を待ちわびているなんて、と笑われるかもしれないが、楽しいんだから仕方がない。クリスマスよりも、お正月よりも、夏休みや冬休みよりも、十月のど真ん中にあるこの日が一番の楽しみだった。この日になれば、どんなつらいことも苦しいことも忘れられる。進まなければならないレールから脱線できる。 「プレゼントはね、新しいゲーム機だよ!」  母親から、リボンで丁寧に包まれた箱を渡される。逸る気持ちのままに手を動かして開封すると、そこには今流行りの最新携帯型ゲーム機が堂々たる風貌で入っていた。  主に一人で遊ぶ用らしい。一人が片手で持てるくらいの小型なのに、それについている液晶画面は次元を破壊していると思えるほど大きく見える。さすが最新型。きっと液晶映像もきめ細やかで綺麗なんだろう。 「ありがとう、母さん。僕、今日から早速使うね」 「もちろん! いっぱい使うのよ。ただ目を悪くしないようにね」 「うん。明日も休日とは言え、夜更かしとかもしないようにするよ」  僕はゲーム機を眺めながらそう言った。母親は僕の言葉に満足したのか安心したのか、小さく息を吐き出す。そしてダイニングテーブルに置いてあったホールケーキにろうそくを差していった。このケーキは母さんの手作りだ。母さんはシングルマザーで、この家には僕と母さんしかいないのに、毎年朝早く起きてわざわざ僕のために作ってくれる。そしてそれは、わざわざ作ってくれるだけの価値があるほど絶品である。  僕の誕生日には朝にケーキ、夜にステーキを食べることが習慣になっている。なぜに朝からケーキ、と思われるかもしれないが、夜はステーキだけでお腹がいっぱいになってしまうし、学校がある平日の昼間は学校でのお弁当だから、こうなると朝以外ケーキを食べる時がないのだ。習慣になっている以上、今日みたいな休日も変わらずの朝ケーキである。朝っぱらから食べるケーキ。何たる贅沢。  十四本のろうそくがケーキの輪郭に沿って並べられる。ふいに母親が「あっ」と声を漏らした。 「ごめん、誕生日には全然関係ない話なんだけど」 「何?」 「この前ツトムが取ってきた百点の数学のテスト、お母さんどこかになくしちゃったかもしれない……。本当にごめんね、今必死に探してるとこ」  すごく申し訳なさそうに話し始めたので、一体どれほど深刻なことが起こったのかと思ったが、拍子抜けした。僕は何だ、そんなことか、と息を吐いた。何か思うたびに息を吐き出すのは、僕ら親子の癖なのかもしれない。 「全然大丈夫。何てことないよ」  というより、誕生日の日に限っては、何をされても怒る気になれないのだ。まあまあ、そんなことくらい僕の寛大な心で許してやろう。何せ今日は僕の誕生日なんだ。僕は特別なんだ。  母さんは「よかった」と言い、柔らかく微笑んだ。寝不足なのか、顔色が少し悪い気がする。申し訳ないとは思ったが、だからと言ってケーキをつくるのをやめてほしくはない。母さんがライターでろうそくに火をつけ始めるのを横目で見ながら、僕はダイニングからリビングにかけてゆっくりと歩いていった。  誕生日の日ほど、カレンダーをたくさん眺める日はないだろう。僕はテレビの横に掛かっている日めくりカレンダーを嬉々として見る。十月十六日、土曜日。本当に、永遠にこの紙が一番上でいいと思う。誰もめくらないでほしい。 「ツトム、電気消してくれる?」  母親の声が飛んでくる。ろうそくを吹き消す時が来たようだ。僕は相変わらず笑みを顔から零したまま、「うんっ」と頷いた。  楽しいことほど時間は早く過ぎるって聞くけど、実際に身をもって感じる。昼食にピザ、夜にステーキを食べ、僕の誕生日はあっという間に過ぎていってしまった。
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