ことばにならない。present

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あ、と思った時には遅かった。 隣からごほ、とむせた音がして慌てて背中をさする。ありがと。と小さく言って、水を一口飲んだ。視線が集まる中でだんだんと赤くなっていく藍佳に、やっぱりか、と思う。 ここまで反応が表に出る私たちのリーダーにみんなも興味津々だ。期待でパンパンの沈黙の中、藍佳は覚悟を決めたみたいだ。それを見てひとりが口を開く。 「その反応は、もしや、」 「…そのもしや、です」 ひゅー!とまた騒がしくなったこのテーブルにまたタイミングよく追加注文が運ばれてきた。周りは興奮冷めやまぬまま、本人は酔いだけではない真っ赤な顔をしたまま料理を受け取っていた。店員さんが消えたとたんに、今度は少し抑えめの声でおめでとうの嵐だ。 「いや、あのね、まだ確定じゃないんだけど、いや確定なんだけど、帆乃実みたいにもうすぐってわけじゃなくて」 黒髪ショートでばりばりのOL、仕事できる系女子の藍佳に彼氏さんがべたぼれなのは、ちらほらと見聞きする彼氏さんの態度から見え見えなのだ。こちらもまたやっとか、という思いでいっぱいなのはきっとみんな同じ。 わたわたと、口以上に手が意味もなく動いている彼女の前からさりげなくグラスを移動させる。今日はきっと酔いが回るのがみんな早い。藍佳もいいペースで飲んでいるような気がする。 さっき来たばかりなのにもうなくなってしまいそうな中身に、今日は早めに迎えに来てもらわなければ、と藍佳の彼氏さんに連絡を取る。二人で会うことも多い私に、藍佳に何かあったらと連絡先を交換したのもかなり前の話だ。ついでに、今日の帰り時間を連絡していなかったことを思い出して、真偲(ましの)くんにもメッセージを送る。 『今日はきっと早めに終わるから、どんなに遅くても九時半には解散します』 決して迎えに来てほしい、などと言ったことはないのに、彼はいつでも終わりの時間をねらってお店にやってくる。今日に関してはお店もばればれだから、きっと来てしまうのだろう。以前、思っていたよりも、つまり伝えていた時間よりも早く飲み会が終わって、一人で帰宅したことがあった。その時にかつてない形相で、なぜ一人で、とものすごく怒られたのだ。それ以来できるだけ正確な時間を、早く終わったら電話をかけるようにしている。もうあんなに怒られるのはこりごりだ。 いっそ微笑ましいくらいに質問攻めにあってあわあわしている彼女を見ながら、やっと空になったカシオレのグラスに次は甘くないものを頼もう、と決めてメニューを開いた。
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