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昔から私の声は特別だった。
「あーしたてんきになーあれ」
一番鮮烈で古い記憶は幼い妹と二人手をつないだ帰り道、翌日に見ごろだという桜を見に、家族でドライブに出かけようとしていた時のことだった。二人で母からもらったお小遣いを握りしめ、お菓子を買ったその袋をがさがさと鳴らしながら歩いていた。
「おねーちゃんそれうたったら、ぜったいはれるね」
「そうだよ、ぜったいはれるおまじない」
「おまじない?」
「まほうみたいな!」
「まほう!すごいね!」
「おとはもいっしょにまほうしよっ」
「「あーしたてんきになーあれ」」
何度も何度も唱えているうちに視界の端できらりと何かが光った気がした。それがいわゆる精霊だと知るのはまだ先の話。この時は、この見えない”何か”が願いを叶えてくれることに絶対的信頼と、安心感を持っていた。
夕日の向こう側には真っ黒な雲が立ち込めていた。実際夜から翌日のお昼にかけてかなり強い雨が降る予報で、両親がお花見に行けなかったときにどうするか考えるくらいの天気予報だったらしい。
静かに夜は過ぎ、朝になっても、お花見の公園についても、黒い雲はこちらにやってくることがなかった。代わりに家についた途端に土砂降りになったのだけれど。
この後も私の「ラッキー」は何度も続いて、帽子が飛んで木に引っかかれば、「落ちてこないかなぁ」と呟けばたいてい風が吹いて地面に落ちた。
運動会が嫌で嫌で、「明日は大雨が降るの!」と叫んで布団に潜りこんだ次の日、さすがに中止になるほどは降らなかったのだけれど、少しだけ雨が降っていて、天気予報じゃ快晴だったのにねぇとみんなが首をかしげていた。結果、その運動会は短縮で終わった。
このくらいで済んでいれば単なるラッキーガールで終われたし、事実周りもそう思っていた。私もなんて運がいいんだろうと嬉しくなっていた。だから母が何度も幸運に逢い続ける私を見て悲しそうな顔をしていたことにも気が付かなかった。
私の声に”力”があると明確になったのは小学校三年生のころ、同級生の男の子と大喧嘩をした時のことだった。
何が原因だったのか、今でははっきりと覚えていないし、そもそもこの一連の話は靄がかかったようになっていてほとんど覚えていない。
ただ私が何かにすごく怒って男の子に「死んじゃえ!」と叫んで。次に登校してきた男の子が足にギプスを巻いていたあの衝撃だけが、人から聞いた当時の状況に色を付ける。
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