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『なんで迎えに来てくれちゃうんですか?』
かつて、そんな話をしたことがある。テレビをソファに並んで見ていたとか、他愛もない日だったような気がする。
「なんでって、心配だから」
「というか僕が、ことのを早く目の届くところに置きたくて」
『置く、って失礼!』
「……口から出た、ごめん。見えるところにいてほしいだけ」
『それは、うん、』
心配だと言わんばかりに寄った眉にこちらの眉も動いてしまいそうになる。そんなに危なっかしいだろうか。きっと彼にとっては、私はいつまでも「庇護」の対象なのだろう。そう思うと少し悲しくなってしまった。
へら、と笑って『ありがとう』を見せると、真偲くんも淋しそうな顔をした。
「なんでまた、迎えに行くの嫌?」
しっぽや耳が見えたとしたらそれはもう盛大に垂れ下がっているだろう。人前ではめったにやらない、このさらに眉が下がった顔に私はとても弱い。惚れた弱みというやつで、きっと真偲くんも私がこの顔に弱いことに気が付いている。
『や、と、そうじゃなkて』
あぁ、誤字。隣からタブレットをのぞき込む真偲くんの髪が視界の端でさらりと揺れる。つやつやと輝く蒼い黒は真偲くんの纏う夜のような空気にぴったりで、時折吸い込まれそうになる。
『ましのくん、免許持ってるから』
わざわざ歩いて駅に来たりしなくていいのに。まして車で行きにくいから、などという理由で歩いて迎えに来ているのなら申し訳ない。
「なんだ、そういうこと」
ぼそりと呟いた何でもない独り言がさりげなく耳を破壊していくことに気が付いて欲しい。ぱっと右耳を押さえて真っ赤になった私をみた真偲くんは、無理はしてないよ、とくすりと笑った。
「車だと、ことのと話せないでしょ?」
運転しながら画面見れないし。
高校の時からなんだかんだと登校の時間が二人ともまちまちで、なかなか朝の時間を合わせられなくて。帰り道が唯一といっていいほどゆっくり話すことができる時間だった。
それは私が声を失ってからも大きくは変わることがなくて。社会人になって一緒に暮らし始めてからも、帰りの時間、というその響きだけで何気ない帰り道を並んで歩く時間は特別なもののように感じられていた。
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