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駅までの道は、歩きながらだとたくさん話すことができない私に代わって、真偲くんの話を聞く。話す、というよりもぽつぽつと零れる真偲くんの一日を拾い上げる、という表現の方が近いくらい、お互い言葉のない時間が多い。それすらも心地よいのだから、真偲くんはそれだけ私の奥深くを毒している。
話によく聞く同期の二宮君が今日もまたやらかしてしまったようで、あいつも懲りないな、と苦笑交じりに言うその横顔を眺めた。
一度だけ見たことがある、いかにもスポーツマン然とした彼は、どうもかなりのおっちょこちょいというか、抜けているというか。持ち前の明るさとリカバリー能力の高さで切り抜けているようだけれど、そこまで人に深入りしない真偲くんにしては珍しく、彼には押し負けている。最近特に、後処理に巻き込まれた、とぼやいているけれど、その顔がどことなく楽しそうで私もうれしい。
彼の話をするときの顔は私にはさせられないそれで、ちょっと、ほんとうにちょっと羨ましかったりするのだ。
ずるい、羨ましい、そんなどろどろとした可愛らしい感情は新鮮味を失えばくどい後味を残すだけで、即レスが難しい私たちの距離感ではなかなかお目にかからない。
私が話せる状態になると彼は私のことばかり話させたがるから、調子に乗って話してしまう私も大概なのだけれど、醜い感情を蒸し返してまで見せるものでもない。面倒極まりない感情は漏らさないほうが円滑なのかもしれない、そう思って蓋をして、煮詰めて溶かしてすこしずつ焦げ付いていく。
「ねえ、ことの」
駅に近づくにつれて人も音も光も増えていく。真偲くん曰く、いろいろなものを拾ってしまいがちな私には、ただの夜の駅前ですら情報量が多い。何かに集中していないとショートしてしまうから、この辺りを歩くときは自然と俯きがちになる。
それを知ってか知らずか、真偲くんは駅に近づけば近づくほど、構内に入ってからは特に、私に反応をもとめることが増える。次の車両が来るまであと数分のホームは人でごった返していた。できるだけ人が少ないところに並んで待っていると、つないでいた手をくいと引かれた。柔らかいテノールで紡がれた私の名前に、なあに、と文字を打つ代わりに小首を傾げる。彼の声だけは、どんなに周りに音が溢れていても拾ってしまう。
「今日、爪、綺麗だね」
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