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そっと持ち上げられた左手は、春の訪れを感じさせるような淡いピンクのネイルを塗った。昨晩、本を読む彼の隣で塗っていたのを見ていたのだろうか。
春は好きだ。春によく見かけていた精霊たちのおかげだと思う。他の季節を象徴する子たちはなかなかに過激だったから。そういえば千世さんも、桜の木の精だったはずだ。長いこと会っていないけれど元気だろうか。
思考が飛んでいることに気がついたのか、真偲くんがきゅ、と私の手を軽く握る。そのまま私の顔の高さまで上っていく左の手をぼんやり眺めていると、ちゅ、と柔らかい温度が降った。
「……!」
声にならない声が漏れた。ばっと抜き取ってしまった手の甲を反対の手で握りしめる。昔はこんなことしなかったのに。
わなわなと震える私を笑いながら見つめる真偲くんは、ふと真顔になって私の顔を覗き込んできた。きっと私の顔は今真っ赤だ。そんなにのぞき込まないでほしいのに。
そんな願いも虚しくじっと私の瞳を見つめたあと、ゆっくりと、彼の口が開いていくさまが目に入る。
「もしかして、アイシャドウもそろえた?」
三月にぴったりだ、と咲ってすっと視界いっぱいだった彼の顔が引いていく。目で追うと前に向き直った瞬間捉えた耳が真っ赤で、ふふ、と息が漏れた。自分が恥ずかしかったことはこの際いったん棚に上げてしまえ。そんな投げやりともいえる思考のまま、思いのままに笑っていると、真偲くんの空気がむっとしたものに変わった。それすらも可愛くて、ますます笑ってしまう。
先日二人で買い物に行ったときに、春色新作のシャドウを買ったことに気が付いてか、そうでないのか。些細な変化にも気が付いてくれてしまう。そういうところも好きだ。
褒め慣れていないなりに褒めようとしてくれるところも、まだきっと昔の私の影を見るからなのだろう。純粋に好きな人から褒められるのは心地が良いのに、ほんの少しだけ、申し訳なくなる。
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