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ことばにならない。present
「私、結婚するんだぁ」
がやがやとうるさいはずの、小洒落た飲み屋の一角に静寂が訪れた。
のもつかの間、おめでとう!やっとか!と店の喧騒を倍増させる勢いで盛り上がってしまって、ドリンクを持ってきた店員さんに注意されてしまう始末。席についてまもないうちに爆弾を投下してきた帆乃実は、大学在学中よりはずいぶん落ち着いたベージュをさらりと揺らして、真っ赤な顔を隠すかのように俯いた。隙間からのぞいた耳まで真っ赤で、色素の薄い彼女だから余計目立って。当時から可愛かったけれど大人になった今は、その垢ぬけた雰囲気とどこかに残る初心さのギャップで一層可愛い。
サークルの同期女子で集まるようになってもう8年。卒業の年からは年度末に集まっている。
進路こそさまざまで、むしろこの市に残っている人の方が少ないくらいだから年々参加人数が減っているのだけれど、それでも何とか都合をつけて集まってくるぐらいこのグループは居心地がいい。
在学中は居酒屋開拓だ!とあちこち回っていたのだけれど、卒業の年に見つけたこの居酒屋をたいそう気に入ってしまって、それ以来ずっとお世話になっている。クリーム色で木目調のおしゃれな壁、半個室のその中にはコの字にソファが備え付けられていて、ど真ん中に鎮座する立派な黒いテーブルには埋め尽くさんばかりの料理が並べられて行く。食べきれるのか不安な量も、いつの間にか空になっていく大皿も、見慣れた光景だった。
「ほら、ドリンクも料理もきたし落ち着いて、ね」
今回集まったのは10人、私も含めて残っている6人と、地元に帰ったり就職の都合だったりで出ていった4人。珍しく三分の二くらいが集まっているのもきっと、なんだかんだとつながっているSNSから察した野次馬根性のおかげだろうと野暮なことも考えてみる。
一番外側に座り、いつものようにドリンクを配り、騒ぐ彼女たちをたしなめる私の親友も、もう結婚間近だということを知っているのはおそらくこの中では私だけ。彼女はSNSでなかなか発信しないから、会わないとわからないことが多い。
大学に入ってからの友人で代表も務めていた彼女が、今もなお進んでみんなの中心に入っていくけれど、注目されて騒がれるのは人一倍嫌いなのだと、これもきっと私だけが知っている。
「今日の乾杯は帆乃実にお願いしちゃおうか」
ぱちりとウインクを飛ばして、さらりと主役に躍り出た人を立てるところも彼女らしい。えぇ、と苦笑いで逃げようとする帆乃実も、囃す周りも、結局大学時代のノリと変わっていなくて、少しノスタルジックになってしまうのも毎年のことだった。
「しかたがないなぁ。面白いこと言えないよ?」
押し切られる形で、それでもまんざらでもなさそうに、帆乃実がグラスを掲げる。
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