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 都会的な容姿の彼なのできっとどこかの瀟洒なマンションに住んでいるのだろうと思っていたが、朔夜が案内したのは、築五十年はゆうに超えていそうな廃屋と見まごうばかりの平屋の日本家屋だった。 「ここ?」 「ぼろくて驚いた?」  肩をすくめてみせ、彼は表玄関の引き戸をがらりと開ける。驚くべきことに鍵すらかけていない。 「物騒じゃん」 「盗られるものもないから」  あっさり言って、どうぞ、と彼は月人を招き入れた。  家の中も外と同じようにかなり古い。廊下もきしむし、漆喰の壁があちこちひび割れているが、彼はそんなことはまったく気にもならない様子で、玄関に入ってすぐに伸びる廊下の右手の居間らしい部屋に月人を通した。 「適当に座ってて。すぐごはんにするから」  居間に隣接している台所へ立つ細い背中を見送り、月人はそっと息を吐く。  知れば知るほど、わけがわからない人だ。小説家というものはみんなこんな風に少し常人とは違う反応をするものなのだろうか。  台所のコンロの前で鍋をかき混ぜる背中を窺い、ふっと月人は胸を抑える。  正直、自分の中の感情に月人は困惑をしていた。  最初に気になったのは確かに読んでいた本の特殊さだ。次に、彼がいつも自分が読んでいる小説の作者であることに驚いた。あんな美しい容姿なのに、彼が描いた世界はその美しく清廉な見た目とは相いれない、暗く淀んだ闇そのものだった。月人を引きつけてやまない暗い世界ができていった過程を、彼の心の奥を知りたいと思った。  けれど、実際に何度か接してみて、月人はまたわからなくなった。時折ぞっとするような目をするくせに、普段は人懐っこくて、表情も豊かでよく笑う。 本当にわけがわからない。ただ厄介なのは、そのわけのわからなさが少しも嫌ではないということだ。  わけがわからないからこそ、この人を知りたいと思った。わけがわからないこそ、目が離せないと思った。会っているときは軽口を叩きながらも胸の苦しさを覚えていて、どうしていいかわからなくなったりするのに、離れると会いたくなった。土曜日が待ち遠しく、平日を呪ってしまうくらいに。  正直に認めてしまうには抵抗がある。でも、多分、これはいわゆる。 「月人」  唐突に名前を呼ばれて月人は飛び上がる。え、と顔を上げると冷蔵庫を開けた彼が微笑んで手招いた。 「ちょっと来て」 「はい」  ぎくしゃくと立ち上がって彼の傍に行くと、足でもしびれたの、と朔夜がからかう。誰のせいでこんなに動揺してると思うんだ、と憤慨した月人の口の中に、ひょいっとスプーンが入れられる。  冷たくて、清しい味が口の中に広がる。 「なに?」 「みかんゼリー」  短く答えて彼は手にしたガラスの器を掲げてみせた。 「うちの庭にあるみかんの木からもいだので作ってみた。いい出来でしょう」  言いながら手にしたスプーンでゼリーをすくう。ひょいと突き出されたスプーンを反射的にくわえてしまった月人を、真っ黒な目がじっと見ている。  黒いのに、なぜか底が透けて見えてしまいそうな綺麗な目。  これはやっぱりそういうことだ、と月人は観念した。 自分は、彼に恋をしている。  どうしようもないくらいに。理性を保っていられないくらいに。  自分の胸の奥に生まれた確信を、ゼリーと共に飲み下して、月人はそろそろと手を伸ばした。細い腕に軽く手をかけるとふっと長い睫毛が震える。 「申し訳ないんですけど」  必死に舌を動かして言うと、彼は細い首を傾げて、なに、と問い返してきた。 「その器、いただけますか」
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