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 床に膝をついて一人の青年が本を拾い集めている。本の一冊が自分のすぐ足元にあるのに気づいた月人は、短く息を吐くと椅子を引いて本を拾い上げた。  タイトルは「毒殺の歴史」。  ぎょっとしつつも、拾い上げた本を持って床で本を拾っている人の傍に近づくと、その人が抱えている本が見えた。薬学、毒薬に関する本ばかり十冊以上を抱えている。  なんだこの人、と薄気味悪く思いつつ、その人に声をかけようとしたとき、唐突にその人が顔を上げた。ただそれだけだったけれど、その顔を見て月人は体が一瞬動かなくなるような感覚を覚えた。  気持ち悪い本ばかりを抱えた人だ。根暗な外見だったらなんとなく納得もできる。だが、その人は抱えた本に似つかわしくない、恐ろしいほど整った顔をしていた。  漆黒の大きな瞳がふっと月人を映す。歪んだものも淀んだものも決して映すことなどないだろうと思わせるくらい澄んだその目で月人を見上げてから、その人は薄く整った唇にゆっくりと笑みを刻んだ。 「ありがとう」  静かにそう言ったその声は少し高めだけれど耳になじむ美声で、容姿にも声にも圧倒され、月人は固まったまま、まじまじとその人を見つめてしまった。  年のころはどれくらいだろう。月人より少し年上のように見える。この図書館は子供のころから通っているが、こんな人がいたら目を引きそうなのに今まで見た記憶がなかった。  観光客? それとも最近引っ越してきた人だろうか、動かない頭でそれでも必死に考えていると、その人は本を抱えて腰を上げた。立ち上がってみると月人より少し背は低く、華奢な人であることがわかった。 「ねえ」  声に月人が我に返ると、その人は大きな目をすうっと眇めた。 「本」  言われて月人は気づく。自分が拾い上げた本を握りしめたままだったことに。 「すみません」  おずおずと本を差し出すと、彼は細い手を伸ばして本を受け取る。本の束の一番上に「毒殺の歴史」を置くと、その人は本を抱え直してその場を離れようとした。  あとで思い返してみても、このときなぜそう言ったのか自分でもわからない。だが、どうしても言わずにいられなかった。 「誰か、殺したい人でもいるんですか」  踵を床に戻し、彼は振り返る。黒い目が月人を映す。曇りがないまっすぐなその目。そんな目の人が誰かを憎むなんてことあるのだろうか、ぼんやりとそう思ったとき、彼はくすりと笑った。 「ああ、いるよ」
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