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 いるよ。  ぎょっとして目を見張った月人に、彼はもう一度微笑んでみせてから、ふっと目を転じる。月人の座っていた机に。 「そっちこそ鬱憤でもたまってるの」 「え」 「人殺しの本ばっかり」  よいしょ、と抱えた本を机の上に置いて、彼は月人が積んでいた本のうちの一冊を取る。  水原 芹(みずはら せり)の「奈落の底」。施設で育った主人公が、自分を生んだ母親を殺した男をどこまでも追い詰めて復讐する、というどろどろに暗いサスペンス小説だ。暗くて重いが、この人の文章が月人は好きで出ているものすべてを読んでいる。が、確かにこの人の本が好きだと胸を張って言うにはいささかハード過ぎる本だ。 「こういうの好きなんだ?」 「すみません」  思わずぼそりと言うと、彼は大きな目で食い入るように月人を見つめてから苦笑した。 「謝ることなくない? 俺も好きだよ。刑事ものとかしょっちゅう見る」  あっけらかんと言い、彼は本を机に戻すと、よいしょ、と自分の本の山を持ち上げた。じゃあね、と微笑んで背中を向ける彼を、月人は言葉もなく見送る。  月人の座っている机から少し離れた場所に陣取った彼が、黙々と積んだ本を読みふけり始めるのを、月人はしばらく眺めてから自分も椅子に座った。  本を開くが、遠くに見えるあの人がなぜか気になって集中できない。  結局夕方までそこにいた月人と同じく、彼もその日一日、図書館で本を読んでいた。月人が帰るときも無心に読みふけるその姿が鬼気迫って見えて、その姿を見ているうち、彼と交わした些細なしかし普通とは違うあの会話が思い出された。
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