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 高校を卒業後、月人は東京の大学へ進学した。そこそこ名の通ったその大学へ行くために月人は勉強のし過ぎで脳細胞が死滅するのではと思うほど受験勉強をした。  別にその大学にそこまで思い入れはなかったが、東京へ進学することを両親に認めてもらうためには、それくらいのハードルは必要だった。  東京にこだわったのは、朔夜のためだった。彼がいるかもしれない東京へどうしても行きたかった。ずいぶん不純な動機だと思う。朔夜が聞いたら怒るかもしれない。が、不純な動機で進学したその大学での四年間、文学部に在籍した月人は充実した日々を送った。アルバイトをしながら大学に通い、友達もできた。ゼミで出会った教授の講義に感銘を受けた。  忙しい日々の中、それでも休みの日は街を捜索した。  あの日以来、ぷっつりと消息の途絶えた、あの人を。  高校在学中から、時折東京へ出かけては三条と連絡を取っていたが、彼のところにも連絡は入っていないようだった。ただ、しばらく執筆を休業したい、という内容のメールが一通だけ、失踪発覚から一週間ほどして三条の会社には届けられていて、それだけが朔夜が生きているであろうと言う根拠でしかなかった。  大学を卒業した月人は、如月書房という小さな出版社に就職した。  小さいながら、その会社では文庫も、マンガも、週刊誌も一通り扱っていた。  大学時代からアルバイトで出入りしていたその会社に正式に正社員として入社した月人は、配属先の希望を週刊誌の編集部で出した。  文章を書くことは好きだったし、さまざまな情報が集まってくる場所でもあること、そしてなにより、取材のため全国を回ることができるのが魅力だったからだ。  東京を高校在学中から換算すれば五年探したが、朔夜は見つかる気配がなく、有力な情報も得られなかった。もう東京にはいないかもしれない、その焦りから月人は、配属されるや否や積極的に全国を飛び回るようになった。 もしや最悪の事態があるのではないかと警察にも問い合わせていたが、それらしい遺体も発見されることはなく、手詰まりの感は否めぬまま、七年が経っていた。 「確か失踪後七年で、死亡したってことになるんだよね」  向かい合ってコーヒーを飲みながら、ぼそりと呟いた三条を月人は睨みつけた。 「縁起でもないことを言わないでください」  ごめん、と頭を下げた三条は、コーヒーに砂糖を入れようとシュガーポットを引き寄せる。四個も砂糖を入れる彼に月人は苦笑した。 「三条さんって、俺はブラックって顔してるくせに超甘党ですよね」 「わかってないな。糖分は脳を活性化させて、仕事の上で絶大な威力を発揮するんだよ」  軽くいなす彼を見やりながら、月人はふっと息を吐く。  朔夜はロイヤルミルクティが好物です、というような顔なのにブラックコーヒーをよく飲んでいた。小説家といえばブラックだよね、とかなんとかわけのわからないことを言っていた覚えがある。 「水原芹、みんなもう、忘れちゃいますよね」  朔夜のように砂糖もミルクも入れずすすったコーヒーの苦さに顔をしかめて呟くと、三条はそうだね、と小さく答えた。 「書きたいもの、あるって言ったのにね。どんだけ長いスランプなんだか……」  朔夜が消えて、水原芹も消えた。  この七年、彼の著作に新しいものは加わっていない。 「ファン泣かせだし……。見つけたら、まずはそれをとっちめないといけませんね」  そう言った自分の言葉が思った以上に空々しく聞こえて、月人は奥歯を噛みしめる。  七年の歳月が心を食い荒らしていく。  それでも、月人は探すのをやめられないでいた。周りにどれだけ心配されようとも、どんな過酷なスケジュールでも。それでも。
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