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机の上に積んでいた本を重ね、書き物をしていたらしいノート類を鞄に押し込んだ彼は、ぽかんとしている月人を尻目に本を抱えて書架へ向かうと、数冊を書架へ戻し、数冊を持ってカウンターへと歩きながらこちらを振り向いた。
「借りてくるから、待ってて」
「…………はい」
一体、なにがどう彼の頭の中で解決づけられたのかさっぱりわからないまま頷く月人から、彼はジーンズに包まれた足をすたすたと運んで遠ざかっていく。
とにもかくにも、人生初めてのナンパなぞしてしまった。
自分は一体、なにをしているのだろう。自問自答しながら図書館の入口の壁にもたれていると、貸し出し手続きを終えた彼がこちらへ戻ってきた。
「お待たせ」
にっこりと笑った彼に気を呑まれながら、いえ、と首を振ると、彼はぷっと噴きだした。
「なあ、ナンパじゃないの? その反応の薄さはなに」
「状況判断ができてなくて」
しどろもどろに言うと、彼は肩を震わせて笑いながら月人の横をすり抜けて歩き出す。
「やっぱりおもしろいね、君」
「あの」
呼びかけた月人にお構いなくくつくつと笑って歩き続けた彼は、ひとしきり笑って気が済んだのか、はあ、笑った、と呟いて足を止めた。
「そこ、少し行ったとこによく行く店あるから行こうか。お茶ぐらいおごるよ」
変わった人だ。
「なに?」
黙ったままの月人に不思議そうな顔を向ける彼に、月人はむっつりと反論した。
「おごられるのは、おかしいと思う」
「なぜ?」
首を傾げる彼に月人は決然と主張した。
「俺が声をかけたんだ。おごるのは俺のほうだと思う」
彼はやたら大きなその目で月人を凝視してから、再び笑い出した。
「子供のくせに一丁前」
「その子供の誘いをなんで受けたんですか」
子供扱いは納得がいかない。でも十二歳の歳の差は確かにそれなりにあるとは思う。だが、わからないのはその一回りも歳の違う人間の、しかも初対面の誘いをなぜ受けたかだ。
正直、相手になんてされると思っていなかった。
「普通、もうちょっと警戒しませんか」
「警戒って……。君のどのあたりに? 見るからに善良そうな高校生だし」
笑いながら返されて月人は大いに傷ついた。善良そう、なんてほめ言葉には聞こえない。今日日の高校生はみなそうじゃないだろうか。
月人の不満顔に気づく様子もなくしつこく笑っていた彼は、しかし笑いを収めると、ただね、と付け加えるように言った。
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