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「いきなりどうしたの」
目を丸くした三条を月人はまっすぐに見た。
「俺が朔夜に会っても、三条さんは構いませんか」
この人は多分、朔夜のことが好きだ。
もしかしたら月人よりずっと深い愛情を彼に抱いているのかもしれない。そうでなければ、あんな風には笑えない。
三条は虚を突かれた顔をしていたが、徐々にそれは穏やかないつもの顏へと変わっていった。
「鳥海くん」
月人の名前を呼び、彼は笑った。
「君は敏いね。朔夜本人も知らないことを気づいちゃうんだから」
彼はやや腫れた目を軽く擦る。
「まあ、正直に言えば、僕は君のことが妬ましいよ。君も辛かっただろうけれど、朔夜の傍にいられた君がとてもうらやましかった」
三条の顏は穏やかなままだ。歪んだり崩れたりしない彼の顔を見て、月人は思い知った。
この人がとても長い間、朔夜への愛情を押し込めてきたことを。
三条は月人の顔を見て、安心させるように笑う。
「君のことは妬ましいけれど、だけどね、それ以上に僕は朔夜の笑った顔が好きなんだ」
三条は穏やかに目を伏せる。
「彼が笑ってくれていることが、僕にとっては一番だ。それ以上は望まない」
「そんなの、辛くありませんか」
「辛いよ。でも、朔夜が辛いよりそのほうがずっといいし、それにね」
と、三条は月人の手にした封筒に目を落とす。
「朔夜は編集者としての僕を買ってくれている。僕にこの原稿を託してくれた。その気持ちだけで十分なんだ」
だから、と三条は封筒に目をやったまま言った。
「読んでやって。そこに朔夜の気持ちが全部あるよ」
三条は気持ちを振り切るように軽く頭を振ってから、ひょい、と月人の足元に目を向けた。
「というか仕事? 荷物、すごいけど。また取材かな」
問われてようやく思い出す。自分が彼に電話した理由を。
「朔夜の居場所、長崎かもしれないって聞いて。風花に。これ」
慌ててスマホを引っ張り出し差し出すと、三条は食い入るように画面を見てから、そうか、と笑った。
「あいつ、結構抜けてるね。これじゃ、居場所ばればれだ」
「え……ここ、知ってるんですか?」
「いや。だけど、その封筒」
指し示されて月人は自分が抱えた封筒を見る。差出人、水原芹、住所なし。三条は長い指でとん、と封筒の表をついた。
「消印。これとその写真合わせれば、だいぶ範囲狭まるよ」
くっきりと刻まれた黒い文字。とんとん、とその文字を指して彼は呆れた顔をした。
「あれだけ殺人の本書いてるくせに、詰めが甘いね。ぼろぼろ。七年もブランク空けるからだ」
「本当に。笑ってやらなきゃ」
やっとのことでそう言うと、三条はもう一度ぽん、と月人の肩を叩いた。
「彼を、頼んだ」
ずしりと重い封筒を抱きしめ、月人はゆっくりと頷いた。
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