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 空港を降りた月人はレンタカーを借りた。  長崎の市内は交通網も発達しているし、観光地らしくタクシーも多いが、市外になればなるほど車社会だ。消印の町まで行くためには一時間に一本のバスを何度も乗り継がなければならない。そんな時間をかけてなどいられなかった。  車での取材も多いので運転自体は苦ではなかったが、ここのところの仕事の過酷さと、くねくねと曲がりくねった道の多さのせいで、目的の町に到着したころには月人はすっかり疲れていた。  とりあえず消印の押された郵便局へとたどり着き、駐車場へ車を入れる。  五台ほど停められる駐車場の一番端に停めて、月人は車から降りた。  十一月。少しずつ冷気を帯び始めるこの時期。薄手の上着を羽織っていたけれど、風が冷たい。襟元をかき合わせて、郵便局のガラス戸を押し開けると、小さな郵便局の中にいた三人の職員が一斉にこちらを見た。 「いらっしゃいませ」  四十代半ばの女性がカウンターの向こうからにこやかに声をかけてくる。 「あ、ええと」  月人は少し迷ったものの、覚悟を決めてカウンターへ歩み寄った。 「すみません。少し伺いたいのですが」 「はいはい、なんでしょう」  月人は呼吸を整えてから問いかけた。 「この辺りに、火野さんというお宅はありませんか。火野、朔夜さんです」 「火野さん? さあ……」  女性が首をひねる。そんな簡単ではなかったか、と月人はため息をつき、スマホを操作して画面を女性に見せた。 「この人なんです」  拡大して指し示すと、女性は目を細めてそれを見る。カウンターにいたもう一人と、奥にいたもう一人の女性も画面を覗きこんでいたが、ややあって脇から覗きこんだほうの女性が、ああ、と頷いた。 「ああ、こん人。たまに来るね。いっちゃんが言いよったじゃなか。綺麗か男の人が来るとか」 「そがんこと言いよったねえ。だけど火野なんて名前やったかねえ」 「その人、この辺りの人ですか?」 「さあ……」  三人とも表情は芳しくない。そうですか、とスマホを引っ込めかけ、月人はふと思いついて尋ねた。 「あの、この店はこの辺りですか?」 「ああ、そいなら、隣町の大木商店ですよ。そこん国道ばまっすぐ行ったところにある」  最初に声をかけた女性が郵便局前の道を指し示す。とりあえずこの写真の場所は遠くないらしいと聞いて月人はほっとした。  郵便局を出て車に乗り込みシートベルトをする。案内された道へ車を乗りだす。  国道ではあるがやや道路整備が甘いようだ。快適とは言い難い道に閉口しながら車を走らせた月人は、ふと徐行する。見覚えがある景色だったからだ。  路肩に車を停めて、スマホの画像と比べる。緩やかに左へカーブした道。雑木林。そして色の褪せ、字が読み取れない赤いのぼり。古びた商店。  ここか。  車を商店横の駐車場に滑り込ませ、月人は車を降りる。近づいてみると、こまごまとした日用品が雑多に置かれた様子が店の外からもわかった。客の姿はないが、店の奥からはテレビの音が聞こえてくる。店主はいるようだ。
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