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「ごめんください」  店の中へ入って声をかけると、店の奥、のれんで仕切られた部屋から、腰の曲がった老女が顔を出した。 「はいはい、いらっしゃい」  よっこいしょ、と呟いて、つっかけを履いて店へ出てくる。足が悪いようで右足をわずかに引きずりながら近づいてきた彼女に申し訳ない気分になった。なにも買わずリサーチだけするのがだ。  とっさにレジ近くにあったガムを取り上げて、これを、と差し出すと、やはりゆっくりした動作で老女はレジへ近づく。 「百円ね」  簡潔に言われ、月人は慌てて財布を開ける。硬貨を出してしわだらけの手に乗せると、彼女はにっこりと糸のように細い目で笑い、ありがとう、と言った。 「あの」  レジにお金を入れている彼女に、月人はそろそろと声をかける。至極ゆっくりした動作でこちらを見た彼女に月人は本来の用件を切り出した。 「人を探しているんです。この店にも来たことがあるようなんですが、ご存じないでしょうか。火野朔夜という人です」 「火野さん? さあて」  遠い目をする彼女に、月人は画像を見せた。 「この人なんです。小さくて申し訳ありませんが」  画像を引き伸ばして見せると小さな眼鏡を押し上げ、老女は画面を見つめる。しばらく黙って見つめたあと、あれこん人、と老女は呟いた。 「知っとるよ。ばってん、火野なんて名前じゃなか。鈴木さんばい、そん人」 「鈴木?」  問い返すと、うんうん、と頷いて彼女は眼鏡越しに月人をじろじろと眺め回した。 「あんた、探偵かなんかかね?」 「え、いや。俺は」  言いかけて月人は頭をかいた。確かにこんな探し方、不審に思われて当然だ。 「すみません、俺、その人の……友人なんです。急に連絡が取れなくなって。だから……心配で」  彼女はじいっと月人を見上げていたが、やがて、にんまりと笑った。 「すまんね、年取ると疑い深こうなって」 「いえ、すみません、唐突で」  首を振ってから、月人は問いを重ねた。 「あの、この人、どこにいるかわかりますか?」 「ああ」  老女はつっかけを引きずりながら店の入り口まで出て、国道の先を指さした。 「ここばまあっすぐ行って、灯台のところの信号ば曲がった先に、赤い屋根の家があるけん。そこが鈴木さんの家ばい」  ばってん、と老女は眼鏡を押し上げて壁にかかった時計を見上げる。埃のかかった時計は五時半を示していた。 「多分、もうじきここに来るとよ。孫の塾の先生で、ここいらバスも通らんから送ってきてくれるはずじゃけん」
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