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 ぷい、と再び背中が向けられる。その彼の背中に月人は問いかけた。 「俺、変わったかな」 「少なくとも、あのころはそんな風に嫌味たらしい返しをする子じゃなかったね」 「過酷な経験は子供を大人に変えるんだ」  皮肉まじりに言うと、朔夜は黙った。この人、こんなにわかりやすい反応をする人だったっけ、と首を傾げかけて月人は思い至った。  なんのことはない。自分が成長したのか。  この人のわけのわからなかった部分。大人の顏。あのころのこの人よりまだ自分は若いけれど、それでも自分は少しずつ成長している。  この人のかぶった仮面を透かし見ることは、自分にも今ならできる。  この七年、必死だったのだから。この人に会いたくて。そのために大人になろうと自分は必死だったのだから。  乱暴な仕草で朔夜は、やかんから熱湯をマグカップへ注いだ。淹れたてのインスタントコーヒーに角砂糖の瓶、ミルクの入った小さな器を、どん、と月人の目前に置いて、朔夜はぶっきらぼうに口を開いた。 「で、なに。いまごろになって恨み言? 君の姉さんの敵討ちとか?」 「風花はぴんぴんしてるよ」  短く答えると、朔夜はふっと一瞬目を逸らした。不自然な逸らし方だった。 「そうなんだ。さすがに図太い……」 「っていうか、もうそれやめない?」 「それって?」  剣呑な顔でこちらを見る彼に、月人は冷めた目を向ける。 「もう、そういうのいいよ。あんた、今ほっとしてたじゃん。風花の無事を聞いて。違うの」 「なんで俺がそんな顔すると思うの。あり得ないだろ」 「状況考えたらあり得ないかもしれないけど。あんたの性格考えたら、そういう顏するのは別に変じゃない」 「なに言ってんの」  吐き捨てて、彼はカップを乱暴に取り上げる。その怒った横顔に月人は尋ねた。 「ねえ、教えてくれない?」 「なに」  つっけんどんに朔夜は言う。月人は唇を一度引き結んでから、問いかけた。 「あんた、好きでもない相手と、あんなに何回も寝れるような人だったの」
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