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「わかったようなこと、言うな」  押しのけた胸に両手を当てたまま、朔夜がうめく。俯いた彼の表情は覗えなかったけれど、細い肩が震えていた。 「殺されてもよかったなんて。そんなこと、簡単に言って。君たちはそんな風だから、そんな風にしか命を思えないから、加奈は死んだんだ。憎いに決まってる」  教えてあげるよ、と俯いたままの彼の声が胸に振動として伝わる。 「俺は、君の姉を殺すつもりだった。ただ殺すだけじゃなくて、もっとも貶めるやり方で……君に近づいたのだって、それに利用できそうと思ったからだ」  血を吐くような声で彼は叫ぶ。 「俺は、君を操って、鳥海風花を殺させるつもりだった。君の奥にある姉への憎しみを利用すれば簡単にできた。そうしようって思ってたし、そこまでして復讐だって……これで加奈は救われるってそう思ってた。そうだよ、望み通り、殺すつもりだったんだ」  なのに、と月人の胸の辺りに当てられていた朔夜の拳が強く握りしめられる。 「復讐は失敗だよ。修正しようとしてもどうしようもなかった。人殺しをしたって加奈は喜ばないなんて、安っぽい刑事ドラマみたいな言い訳まで考えて、鳥海風花を傷つけたことで復讐は完遂したって思いこもうとして、小説を書こうとした。加奈の無念は、あの子をこらしめることで晴れたって。そういう思いを書こうとした。でも、書いても書いても嘘だった。当たり前だ。自分を正当化しようとしたけど、そんなことに意味はなにもない」  意味なんて、ない、と握りしめた拳に胸を叩かれる。月人は止めることもできず、ただ呆気にとられて朔夜を見下ろす。  彼は、泣いていた。
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