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「朔夜」
彼の名を呼び、月人は腕を解き、彼の頬を両手で包む。
「教えて。本当のこと。朔夜は俺のことをどう思ってるの」
彼は答えない。月人は彼に顔を近づけて囁いた。
「本当に、今でもただの道具として俺と付き合ったって言える?」
底まで見通せるような透明な瞳には涙がたゆたっている。その瞳の中にあるはっきりとした恋心の影に、月人は胸が苦しくなった。
大きな目からぽろりと雫が零れ落ちる。長い睫毛を伏せて、彼は降参した。
「もう……隠せない……」
白い頬に涙がはらはらと落ちる。
「君に……会いたかった。だから、あれを書いた」
「うん」
優しく返すと、彼は俯いて片手で瞳を覆う。
「君が読むわけなんてない。そう思ったけど、吐きださずにいられなかった。いまさらどんな言葉を使ったって、君は俺を許さない。でも、君に届けばいい……そんな風に思ってしまった」
ごめん、掠れた声が月人の耳を震わせる。目の前で震える肩を抱き寄せると、朔夜は月人の肩に額を押し当てて涙声で言った。
「そんな資格なんてないのに。届くわけがない、そう思ってたのに。けじめにするってそう思ったのに。なんで来ちゃうの……」
「朔夜って、ほんと、素直じゃないよな」
呆れながら、月人は朔夜の髪を撫でた。
「俺のほうが謝るべきだろ。あんたの大事な婚約者を死なせたのは、俺の姉だよ」
朔夜はその言葉にわずかに背を強張らせる。その彼の後ろ頭を撫でながら月人は問う。
「なのにあんたは、その俺を抱きしめてくれた。苦しかったんじゃないの」
朔夜は長く長く黙る。朔夜、そっと呼びかけると、彼は月人の胸の辺りをぎゅっと掴んだ。
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