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もうすぐ四時半だ。時計を確認し、月人は鞄を手にして立ち上がる。
彼女はきちんとした人だから、きっともう来て待っているだろう。そして自分が現れたら気弱そうに眼鏡の奥の目を細めて微笑むのだ。
夕日に染まる渡り廊下に差しかかったところで、ふと月人は気づく。向かいの校舎の窓、ちょうど月人の目的地である図書室へ向かう階段の途中の踊り場に、人影があった。
校舎の窓に夕日が反射してよく見えない。けれどその誰かはなぜかこちらを見ているように見えた。
首を傾げたとき、悲鳴が聞こえた。
高い高い悲鳴が放課後の校舎に轟く。
なにが起こったのかわからず、ただじっとしていられなくて走った。なぜだろう、いやな予感が胸を締めつけていた。
息を切らせて廊下の角を曲がった先、目の前に広がった光景に、月人は立ち尽くす。
彼女が倒れていた。そう、今日会う約束をしていた彼女、近藤沙織が。
足を抑え、うめいている彼女に駆け寄った月人の上に、黒い影が伸びる。
見上げた階段の上にいたのは自分とまったく同じ顔の人。
「風花?」
掠れた声で名前を呼んだとき、悲鳴を聞いて教師が走ってきた。どうした、と大声で駆け寄ってきた教師に、階段の上にいた風花が慌てた様子で叫びながら階段を下ってくる。
「階段から落ちたんです! 支えようとしたんですけど間に合わなくて」
「そうなのか。おい、近藤? 痛むのか?」
大声で教師が彼女に声をかける。その声に痛みをこらえるように固く閉じられていた瞼が小刻みに震え、彼女は目を開いた。
周りを確かめるように視線がさまよい、月人の上で止まる。そのとたん、彼女ははっきりと顔色を変えた。
信じがたいものを見るような彼女の目が月人を射抜く。
「近藤? 大丈夫か? 気持ち悪くないか?」
気遣わしげな声に彼女は我に返ったように目を閉じて聞こえるか聞こえないかの声で言った。
「大丈夫です……」
「これは歩けそうにないな。とにかく保健室へ行こう。掴まれ」
教師に抱きかかえられ保健室に連れて行かれる間、彼女はついに一度も月人を見なかった。
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