奈落に咲く花

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奈落に咲く花

「…………また、間違えた」 「ベルゼ……べリアルは、またやってるの?」 「そんな風に言わないの、マモン。彼にとって“アレ”は遊びじゃないんだから」 優雅に紅茶を飲んでいたベルゼブブは、俺に座るように促すと、慣れた手つきで紅茶を淹れて、俺に差し出す。 紅茶に菓子を添えることも忘れない。 流石は、かつて“気高き主”と称えられた王族だ。 「俺たちを模した“人形”を物質界の盤面に配置して遊んでるんだよね?」 べリアルは今、俺たちを模した“人形遊び”に夢中だ。 べリアルの創った物質界の盤面で、“俺たちの人形”は必ず『アイドル』という名の偶像となり、人間たちから崇拝されることになるのだが……。 べリアルの盤面の“俺たちの人形たち”は、何故か必ず破滅の道を歩む。 べリアルが何とか救済しようと苦心しても、試行錯誤を繰り返しても、“俺たちの人形たち”は救済されることはないのだ。 「彼にとって“アレ”は遊びじゃないの、マモン。彼は……」 知ってるよ。 べリアルは、盤面が悲しい結末を迎える度に苦痛に呻き、嘆き悲しんでいる。 悲痛な表情を浮かべながら、それでも“人形遊び”をまた繰り返す。 「知ってる。わかってる。べリアルは、せめて“人形”の俺たちだけでも…………救済したがっているんだよね?」 それなのに、べリアルが何度“人形遊び”を繰り返しても、“俺たちを模した人形たち”が救済されることはない。 裏切り。 裏切られ。 罠に嵌まり。 罠に嵌められ。 狂ってゆく。 壊れてゆく。 何度。 何度繰り返しても……。 けれど……。 「あんなべリアルは俺、見たくないよ」 「マモン……」 だって、“アレ”はただの俺たちを模した“人形”だ。 “俺たち”じゃない。 「べリアルがどんなに繰り返しても、そして“人形”たちが救済されたとしても……決して“俺たち”が救済されるわけじゃないんだ」 “俺たち”に救済は無い。 永遠にこの、暗闇の地獄界……ゲヘナを這い摺るしか無いのだ。 死に逃げる事さえも、許されない。 だからこそ……。 「べリアルには、あんなくだらない“遊び”で、心を磨耗して欲しくないんだ」 こんな世界に閉じ込められて、それでも尚、願ってしまう。 彼には、笑っていて欲しいと。 彼だけじゃない。 ベルゼブブも。 ルシフェルも。 レヴィアタンも。 悲痛な顔を浮かべて欲しくないんだ。 笑っていて欲しい。 「だって俺は“栄華の具現”にして“強欲の大罪”を司る悪魔だもん」 叶わない願いを強欲に欲しても、仕方がないでしょう? 「べリアル……」 温かい感触。 柔らかで上質な布で、身体が覆われた。 「お前は止めろと言わないんだな……ルシフェル」 この“お遊び”が、どんなに非生産的で無駄な足掻きなのかわかってる。 例え俺の創った盤面の“人形”たちが救済されても、“俺たち”が救済されることはないのだ。 同じく“俺たち”が配置された盤面を眺めて愉悦の笑みを浮かべているであろう父が……創造主が、“お遊び”に飽きて盤面を破壊するまでは。 創造主の気紛れにより、世界に終末が訪れるまで、“俺たち”に救済はないのだ。 それでも…………。 「やめられないんだ……繰り返してしまうんだ……これがどんなに愚かな行為なのか、わかっている筈なのに」 …………ふわり。 布よりもさらに温かいモノに包まれた。 「やりたいだけ、やればいい。止めはしないし、それが無駄な行為だともお前が愚かだとも思わない」 価値ある存在として創造され、そして失墜した俺たちと違い、最初から『絶対悪』として創られ、『無価値なモノ』と名付けられたべリアル。 光の無い瞳で、ただ破壊するだけの存在だったお前が、瞳に美しい涙を浮かべ、俺たちを大切に思い、そして救済を願い、無我夢中になっている。 それが“無駄な行為”の筈が無い。 “愚かな行為”の筈が無い。 「ありがとう、べリアル」 お前が今此処に存在すること自体が、俺にとってはこれ以上にない救済だ。 そんなお前を、俺はどうして責められようか? 「でも、少し休め。次の盤面はお前の疲れが癒えてから創っても問題ないだろう?」 俺たちには無限の時間があるのだ。 創造主が気紛れに壊さない限りは、無限の時間が……。 「側に居てやる。だからゆっくり休め。どうせ盤面の“人形”たちに感情移入をしてしまっているのだろう?」 そう告げると、べリアルはポロポロと涙を溢す。 「ごめん、皆……ごめん。俺……は…………」 謝罪の言葉を繰り返すべリアルを、俺はただ抱き締め続けた。 ゲヘナの奥深く。 暗い暗い、暗黒の泉。 その水面に映っていた映像が、突然消えた。 「べリアルが戻ってきたのかな?」 先程まで、水面を介してべリアルの盤面を眺めていた。 「また荒れてるかな?ルシフェルが側にいるとは思うけど」 口にすることはないけれど、ルシフェルはべリアルを、べリアルはルシフェルを互いに信頼し合っている。 “嫉妬の大罪”を司る者として。 何よりも大切な片翼であり半身を奪われた者として。 彼ら2人に嫉妬の炎を燃やさないわけではないけれど……。 「……僕にとって彼らは大切な存在だから」 願ってしまう。 祈ってしまう。 「──生ある限り、私は希望を抱く──」 人間どもの格言を呟いている自分に、笑ってしまう。 「…………戻ろう」 そろそろマモンとベルゼブブが、姿を見せない僕のことを心配する頃だから。 「次の盤面こそ、“彼ら”に光あらん事を」 煌びやかで、そして血の赤と憎悪の黒で渦巻いたベリアルの盤面。 人間のアイドルとして、僕らを模した“人形”が華やかに活躍していた舞台。 何度繰り返しても、僕らを模したアイドルたちは、無様に奈落に墜落していく。 今回もまた、ダメだった。 バッドエンドに散る涙が消え、闇の深淵と化した漆黒の水面。 もう何も移さない、闇の水鏡に呟いて、僕は姿を蛇へと変えた。 次の盤面の“彼ら”には、幸福なる結末が待っていることを祈りながら……。
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