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<ユクレシアの記憶04>
「次の街サノワでは、近郊にゴブリンの群れが住みついちゃって、被害が出てる」
旅をはじめてから、しばらく経ったある日のことだった。
旅の途中、みんなで馬車を下り、丘の上の木蔭で休憩をとっている時、僕は地図を指差しながら、そう言った。ふんふんと、素直に聞き入っているヤマダくんとは違い、シルヴァンとオーランドは不思議そうな顔。
それから、───
(ものすごく、怪しんでる人も、一人……)
眉間に深い皺を寄せて、難しい顔をしている、同じ年の天才魔術師を見て、僕は、ハアとため息をついた。
ヒューの反応はもっともだ。僕が異世界の書物に、この世界のことが書かれていた、と、話したわけだったが、普通に考えれば、怪しいことこの上ない。
僕やヤマダくんのように、日頃から『異世界転生』や『異世界転移』の漫画や小説が溢れかえっている日常から、やってきたわけではないのだから。ヤマダくんのように「え!ここが、ゲームの世界にそっくりなんですか?」と、すんなり受け入れたヤマダくんの適応力も、それはそれで、異常な気もするが。
それでも尚、僕はみんなに伝えなければならなかった。
なぜなら、前回戦った敵の情報がゲームでプレイしたものと、全く同じだったからだ。もちろん、NPCとの会話までが全て同じ、などというわけではない。ただ、弱点なり、出現の仕方なりが、シナリオ通りだったのだ。
僕は続けた。
「実はこの街の北方に、古い砦があるんです。そこに、ゴブリンを統率しているゴブリンウィザードとゴブリンナイトが多数、生息しています。それで、その街サノワの近くを通る行商や旅人たちが、徒党を組んだゴブリンに襲われてるんです」
僕の話を聞いて、シルヴァンが言った。
「俄には信じられませんが、もし本当だというのなら、素晴らしい情報です。ノアがこの旅に一緒に来てくれてよかった」
「ま、どちらにしても、行ってみないとわかんねーけどな」
オーランドの言葉に、僕は頷いた。そう、どちらにしても行ってみなければ、わからないのだ。ただ、そうかもしれない、と思っておくことで、対策は打てるはずだった。
「………怪しすぎる。信じられない」
「あー…いや、ま、だから、ヒューも。そんな難しい顔してないで。行ってみたら、わかることだからさ」
渋い顔のまま固まっているヒューの肩を、再度同じことを言いながら、オーランドがぽんと叩いた。ヒューは肩を回して、その手を振り払いながら、ふん、と鼻を鳴らして、どこかへ行ってしまった。
手を振り払われたオーランドは、一瞬固まっていたが、頭をガシガシと掻きながら、水を飲み干した。
ヒューは、別に人が嫌いなわけではないと思うのだ。
街の人たちと話している姿も、僕やオーランドに今みたいな態度を取りながらも、それでも、この世界を救いたいと思っているように感じる。
僕とヤマダくんが訪れた時には、所々に魔王の手が伸び、このユクレシアの大地は、モンスターに侵食されていたり、荒廃していたりするところも多い。だけど、ヒューや、シルヴァンや、オーランドにとっては、美しかった大地の思い出があるのかもしれなかった。
ヒューがいなくなってしまったので、四人で木蔭に座ったまま、雑談をして、ヒューの帰りを待っていた。その時、ヤマダくんが、不意に、とんでもない爆弾を投下してきた。
「ヒューは…ノアさんのことが、大好きですよね」
「───はい?」
僕はぽかんとして、シルヴァンとオーランドの顔をちらっと覗くが、シルヴァンは苦笑いで、オーランドは「わかんない」とばかりに、首を振っていた。
ヤマダくんは、続けた。
「ノアさん、気がついてないかもしれないけど、ヒュー、ノアさんが笑ってる時、ずっと見てますよ。それに、いつも、あんな風につっかかって、小学生みたい」
笑ってる時、のことは、わからない。だが、つっかかってくるのは、それは、───嫌われてるからなのでは?
僕が首を傾げていると、シルヴァンが言った。
「ヒカルがどうしてそう思ったのかは、よくわかりませんが、だとしたら、それをノアに言ってしまったら、ヒューは困ってしまうのではないですか?本当は仲良くしたいだなんて、ちょっと恥ずかしがるかも」
「───うーん、いや。ノアさんは、鈍そうだし、ヒューは意地っ張りだから、誰かが一言言っておいた方が、いいと思う」
「え」
さらっと、素直で誠実なヤマダくんに「鈍そう」と、はっきり言われて、ぐさりと何かが心臓に刺さったような感覚があった。
(に、にぶ……)
僕が衝撃を受けて震えていると、オーランドがあっけらかんとヤマダくんに尋ねた。
「なんでそんな確信めいたかんじで、そんなこと言うんだ?」
「うん。なんかそんな感じの人っているじゃん」
「えー?そうかー?好きなら好きって言ったほうがいいだろう」
「だからオーランドの話じゃないよ。そういう人っているだろって話」
ヤマダくんの言うことは、正直、よくわからない。『ツンデレ』みたいなことだろうか、とふと思い、確かに、ヒューは『ツンデレ』担当ではあったけど、それでも、主人公に対しては、もう少し優しかったような気がする。
僕も、オーランドに賛成だった。
「正直、嫌われてるかんじしかないけど…」
「ほらね。ヒューは多分、ノアさんと仲良くなりたいと思ってると思いますよ」
「えー?まじでー?んじゃ、試しに今日は、ヒューノアで天幕区切らせてみる?」
え…と、僕が固まっている間に、話の流れが、何やら不穏な方へと向かっている気がした。僕は先日「まぬけ」と言われたことを思い出していた。あんなに真正面から「まぬけ」と言っておきながら、本当は僕のことが『大好き』なんだとしたら、それは一大事だ。
おそらく、ヒューは、僕とは到底理解し得ない、難解な思考回路を持っているに違いなかった。
僕が、うーんうーんと、頭を抱えている間に、ヒューが休憩した丘の下から、この木陰まで、歩いて戻ってくるのが見えた。
そして、全員の興味津々な視線を浴びながら、ヒューは少し、不思議そうな顔をして、でもそれから、ぶっきらぼうに言った。
「そいつの言う通り、サノワ北方に大量の魔力反応があった。おそらく、その砦で間違いない」
ヤマダくんが「ほらね」みたいな顔で、僕の方を見ていて、僕はなんだか、むず痒いような、恥ずかしいような、変な気分になったのだった。
←↓←↑→↓←↑→↓←↑→
「今日、ありがとう。魔力反応調べてくれて」
「………」
その夜のことだった。
昼間にオーランドが悪ノリしたせいで、結局、あーだこーだと理由をつけられ、僕とヒューは同じ天幕で寝ることになった。
ヤマダくんの言うことの真偽は、もちろん、わからなかったけれど、せっかく同じ天幕で寝ることになったんだから、少し、ヒューと話してみようと思ったのだ。できるだけ、敵意はありませんよと伝わるように、にこっと笑いながら、そう、僕は言った。
ランプの光で、オレンジ色に照らされたヒューは、うつ伏せで読んでいた本から、嫌そうな顔で目線を僕によこした。
僕がその横で、仰向けになってたから、顔がよく見える。薄紫色の瞳が明るく照らされて、夕焼けみたいに見えた。
どうして、ありがとうと言われて、そんな顔になるんだろう、とも思うけど、街で他の人たちに感謝されても、こんな顔をしているのは見たことがないので、これはある意味、ヒューが心を許しているから、とも言える。ヤマダくん的ポジティブ視点で考えれば。
とりあえず、言葉を続けてみる。
「ヒューが調べてくれなかったら、みんな信じられなくて、困ってたかも」
「───お前が怪しすぎるからな」
すごく、嫌な言い方だな、と思う。でも、よく見てみたら、なんだか少しだけ、耳が赤くなっているような気がしなくもない。眉間に深い皺を寄せたまま、ヒューは本のページをめくった。
「いつもそんな顔で、本読んでるの?」
ヒューは僕の問いになんか、答えるつもりもないらしく、目線を本に戻した。
その様子を見て、僕は、ヤマダくんに見せてあげたいよ、と、白い目になった。これで僕のことを「大好き」なんだとしたら、とんでもない天邪鬼だ。ヤマダくんは一体何を思って、そんなことを考えついたんだろう。
仲よくなんて、難しそうだな、と思いながら、僕は、ころんとヒューの方を向いた。僕は、ずっと、自分が敵意に弱いと思っていたのだが、なぜか、ヒューからの敵意を、怖いと思ったことはなかった。
(もしかして…敵意に見えて、敵意じゃないのかな。ヤマダくんが言ってた『そういう人』なんだとすると…)
ヤマダくんのポジティブに、いつの間にか、僕も侵食されているのかもしれない。例えば、さっきの場合で行けば、「怪しすぎる」と、自分で言って疑うことで、逆にみんなの疑心を逸らしておいて、その間に確証を調べて、僕が疑われないようにしている…とか、と、考えて、改めて思う。
(いや、それ。どんだけポジティブな考え方だよ…)
もし本当に、そうなんだとしたら、ヒューの思考は、ぐるぐる巻きに、こんがらがってしまった糸みたいだ、と思った。解けるまでに、何度も何度も、その細い糸を手繰りよせ、こっちに見えるようで、あっちな思考を、根底から掬い出さなくてはいけない。そんな複雑な作業を経ないと、真意は見えないような気がした。
ヒューの眉間の皺が深くなり、僕の方をちらっと見ながら、ヒューが言った。
「おい。本読んでるんだから、向こう向いとけよ。なんでこっち向きだ」
「あ、お気になさらず」
「………」
そう、僕は今。この目の前にいる、恐ろしく綺麗な顔をした男を、観察しているのだ。確かに、僕が読書をしている時に、じっと横で見つめられていたら、ものすごく居心地が悪いだろうから、迷惑をかけているのかもしれないが、せっかく、天幕の中で二人なのだ。
もう少し、ヒューのことが知りたかった。
(知りたい…?どうしてそんなこと、思うんだろう)
ヒューの眉間の皺は、これ以上ないほどに、深い溝を作っていた。
僕は思わず、手を伸ばして、その皺に指をトンと乗せた。びっくりした顔をしているヒューを見ながら、ぎゅっぎゅと、その皺を指で伸ばしていった。
「何のつもりだ」
「せっかく綺麗な顔なのに。そんな顔するの、やめなよ」
自然と、そんな言葉が口をついて出た。
正直、僕は、日本にいたとき、こんなことを、家族以外に言えるような人間では、なかったと思うのに。どうしてか、ヒューには遠慮なく言えることに気がついた。同じ歳だからかな、と、考えて、同じ歳の人間しかいない、高校の教室で、僕は、ほぼ誰とも口を聞いていないな、と、思いなおした。
(相手が敵意剥き出しでピリピリしてるから、逆に?もうこれ以上嫌われないだろうって思うのかな…)
考えてみても、答えは出そうになかった。なんだか、懐かない猫みたいで…と考えて、ああ、それかもしれない、と、内心思った。
ヒューはしばらく、されるがままになっていたが、僕の手を振り払った。
「あ」
その時、僕はようやく思い出した。
そういえば、ヒューは潔癖症だったということを。他人の指で、顔を触られるなど、ものすごく不快だったに違いない。僕は謝った。
「ごめん」
「………別に、いい」
別にいいんだ、と、少し不思議に思った。
どうしようかな、と、考えて、ヒューは本を読みたいようだから、やっぱり僕は寝ようかな、と、思い、ゆっくりと、目を閉じた。ヒューがパタン、と、本を閉じる音がした。
おや?と思いながら、薄目で見ていると、ランプの灯りを消そうとしているようだった。
もしかしたら、本当に寝るつもりだったのかもしれない。だけど、なんとなく、僕が眠そうにしてたから、そうしてくれているような気もした。
じっと見ていたら、視線を感じたのか、ランプを消そうとしたまま、ヒューがこちらを見た。薄紫色の瞳と、目が合う。
しばしの沈黙。
それから、ぽつりとヒューが僕に尋ねた。
「どうして、俺のこと嫌がらないんだ」
「どうしてって?なんかされたっけ?」
今日は、先ほどまで「ありがとう」と、伝えたつもりでいたのだが、どうして僕がヒューを嫌がる話になったんだろう、と、寝転んだまま、首を傾げた。
ヒューはランプを消し、まっ暗な中、もぞもぞと、布団を被りながら、続けて、僕に言った。
「言い方とか、悪いだろ」
「え、気にしてんの?」
「───してない」
なんだよそれ、と、内心つっこむ。
暗くて、ヒューの表情は見えないけど、おそらくいつもの仏頂面をしているんじゃないかと思う。気にしてない、と、言いつつ、完全に気にしている人の雰囲気だ。
しん、と、何の音もしなくなったので、僕は、今日思ったことを、伝えておこうかな、と思った。
「大丈夫だよ。みんなも、ヒューのこと、案外よくわかってるみたい」
ヤマダくんが特に、っていうのが、正しいかどうかは、まだわからないけど。でも、確かに、オーランドの悪ノリが原因だったけど、こうして天幕を一緒にして過ごしてみると思う。
(結構…優しい)
表面への出方は、わかりにくい。それでも、人のことが嫌いなわけではないんだな、というのが伝わってきた。ヤマダくんは、すごいなあ、と、改めて思った。僕は、嫌われているとばかり思っていたけど、不思議と、そうではないような気がした。
でも思うことは、ある。
「ヒューって、おかしいね」
「………お前の方がおかしいだろ」
本当は、僕と仲良くしたいってほんと?だなんて、尋ねてしまいたいと思ったけど、そんな度胸はなかった。でもちょっとだけ、もっとヒューのことを知りたいと思った。
そんな僕に言えるのは、これが精一杯だ。
「僕は、ヒューと仲良くなれたら、うれしいよ」
「俺は別に、そんなつもりはない」
「………」
その、とりつく島もない即答に、僕はせめて、この天幕の中に、ヤマダくんがいたらよかったのに、と思わずにはいられなかった。でも、何故かはわからないけど、なんとなく、この旅の中で、いつかは、仲良くなれるような、そんな、予感がした夜だった。
「おやすみ、ヒュー」
「………おやすみ」
(……こういうところが、少し、かわいい気がする)
と、考えて、あっ、と、気がつく。
これが『ツンデレ』か、と、僕は思ったのだった。なんだか、この感情の上下に振り回されているうちに、ハマってしまうんだろうな、と、ゲームの主人公を思い浮かべながら、そんなことを、思った。
とにかく、そんなこんなで、僕とヒューは魔王を倒すまでの道中、言い合ったり、仲良くなったりしながら、色々…あったりして、進んで行ったのだった。
※※※次回展開が変わりますが、『ユクレシア』のことは回想形式で、今後も続いていきます。わかりにくかったらすみません!
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