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『…加速する少子高齢化の波を受けて、政府は労働基準法改正における…』
テレビからは無味乾燥なニュースキャスターの声が流れている。頬杖をついてテレビを見る妻もまた、表情から感情が窺えない。その様はまるで石膏で出来た置物のようで、題するなら『テレビを見る女』だ。
「奥様から聞いたんだけどね、田中さんのご主人、また今年も仕事辞められなかったみたいだよ」
相変わらず、視線はテレビに向けられ、手は頬に置かれたまま、首の角度を一切変えることなく、妻は言った。
「へえ、そうなんだ」
私は続きを促したい気持ちを抑え、出来るだけ何事もないかのように相槌を打った。
「田中さんのご主人ってさ、今年いくつになるんだっけ?」
「確か、ちょうど七十歳になるんじゃなかったかな」
「すごいね、そんな歳なのに、まだまだ仕事しないといけないなんてねえ」
本当に大変だよね、と返事をしながらも、今日の職場での一幕を思い返していた。
すでに七十歳の田中さんが、一回りも歳下の部長に頭ごなしに叱られていた。
「暴動でも起きれば、日本も変わるのかな」
そのときだけ、妻は瞳に力が入った。
「物騒な話だね」
言いながら、私は日本のサラリーマンが暴動を起こす様を思い描いた。が、すぐに不可能に終わった。すっかり飼い慣らされたサラリーマンたちが、飼い主に歯向かうことなど、まったく想像できなかった。
ニュースでは、世を席巻した政治家が国会で文書を高らかに読み上げている。きっと、重大な発表をしているのだろう。
ただし、内容は全く入ってこない。それは、『テレビを見る女』こと妻も、同じことだろう。大事なのは、明日の我が身だ。
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