地球100周マラソン

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地球100周マラソン

 走ることが好きだ。今回『地球100周マラソン』に出場するに当たって、俺は万全の準備を整えようと決めた。  1km6分で走ったとして、地球1周が約4万km……大体166日と16時間で1周走り切る。100周だと大体45年くらいかかる計算である。  まず俺は会社に45年分の有給休暇を申請し、その金で税金を45年分先払いしておいた。走っている間に『今すぐ税金を払って下さい』なんてダイレクトメールを受け取ったら興ざめである。家も車も売り払った。45年も留守にするのだから、必要ないだろう。  出発まで後一週間を切った。  45年分のパスポート、外国語、地理の確認……万が一、20年目辺りでコース上の国に内紛や自然災害が起きていた場合、迂回するルートも考慮しておかねばならない。準備項目はまだまだある。レンタル彼女と結婚し、同時に離婚、それから生前葬を行なった。忙しい毎日だ。45年分の人生経験を、後一週間でこなさなくてはならない。  午前中、レンタル息子に、遅れてきた反抗期を演じてもらった。ひとしきり反抗期の息子体験した後、仲直りの証として一緒に酒を呑み交わす。午後はレンタル孫と45年分の将棋に興じ、夜はレンタル嫁と45年分の営みである。そう、年金も今のうちに前借りしておかなくては!   マラソン中は余計なことを考えたくない。できる限りイベントを消化しておきたかった。友人たちは出発に際しパーティを開いてくれ、俺はずらりと並べられた45個の誕生日ケーキを貪った。生前葬の後に食う誕生日ケーキと言うのも、実に不思議な気分だ。  一週間が過ぎた。これでようやく、夢へと走りだすことができる。諸々の用事を済ませた俺は、早速トレーニングに取り掛かった。 「良いですか? トレーニングは過酷ですよ」  専属で雇ったトレーナーの話だと、全ての準備が整うまでに、90年以上はかかるだろうと言う話だった。45年間、不眠不休で走り続ける訳だから、その分訓練もハードなものになる。 「走り続けている間は、他のことが一切できません。いわば今まで一週間でやっていたことを、45年かけてじっくりとやるようなものであります。では集中力の訓練から始めましょう……」  そうして俺は、目の前に並べられた一週間分の麦飯と味噌汁を、45年かけて食べる訓練を開始した……。
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