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とある街に、アントニオという舞台俳優がいました。アントニオは世の女性からとても人気があり、彼が出演する舞台には女性が大勢詰めかけました。
舞台に立つアントニオを見ながら、女性達は黄色い声をあげます。
「きゃー! アントニオ! なんて背が高くて素敵なの!」
「彫りが深くて目が大きくて、とってもハンサムだわ!」
「見た目だけじゃないわ! どの劇場でも声が通るし歌声もきれい! 実力もあるのよ!」
「ああ、もう少しだけ! もう少しだけでいいから近くで見たい!」
「私は見てるだけなんて嫌! 恋人になりたいわ! どうやったらお近づきになれるのかしら?」
「アントニオ、もう結婚しているそうよ!」
「えー! 奥さんが羨ましいわ! あの顔が近くで拝めるなんて!」
アントニオは舞台を終えると、妻の待つ家に帰りました。
家に近づくと、アントニオの妻イザベルが、二階のバルコニーから、アントニオに手を振っています。
「あなた! おかえりなさい! 夕食の準備ができていますよ!」
「ああ!」
アントニオが返事をすると、イザベルはさっと家の中に入り、アントニオも家に入りました。
リビングにある食卓には、美味しそうな料理が並んでいます。アントニオが食卓の席につくと、妻のイザベルもアントニオの向かいの席につき、食事を始めました。
「ねえ、イザベル」
「なあに、あなた」
「もう少しだけ近くで君と食事をしたいんだが……この食卓、細長すぎるよ! 君の顔がものすごく遠いよ? 君、僕が巡業に行く度に机を少しずつ細長いのに変えてるよね!?」
アントニオは舞台で鍛えた発声で、遠くで食事する妻に呼びかけました。
「ええ! だって、あなたは、このぐらいの遠さから接するのがちょうどいい声とお顔なんですもの!」
イザベルはため息をつきながら思いました。
「もう少しだけ近くで彼を見たい」
そう思い、舞台に通っていたときが一番幸せだったのだ、と。
おわり
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