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指先に意識を集中させる。その先端には微かな光が浮かび上がる。光は段々と大きくなり、飴玉ほどの大きさに膨らんだ。
赤く燃える炎。
それを目の前に置かれた鉄のバケツの中へ。炎は中に入っていた紙や木くずに燃え移り、パチパチと音を立てて燃えている。しかし、それはたった数秒で鎮火された。
水を入れたわけでもなく、蓋をしたわけでもない。それは至極当然のことだった。
「情けない」
バケツの側にある木製の椅子に足を組んで座っている痩身のラドン先生がその光景を見て、吐き捨てるように言った。
「お前の炎には意志が感じられない」
もう何回言われた言葉か。
バルは立ったまま消えた炎を見つめ続けた。ラドン先生の顔が怖くて見られなかったから。
「炎は意志だ、と何回言ったらわかる? 操者の意志を受けて燃え方を変えるのが炎だ。お前はこの炎になにを込めた? なにを望んだ? こんな弱々しい炎に」
「……わかりません」
「だと思ったよ。ただ火種を作るだけなら素人でもできる。でも、炎を生きたものに変えられるのは本物の炎操者だけだ。何十分、何時間と燃やし続けることができるのは炎操者だから成せる業だ。お前は本当に炎操者になりたいのか?」
「……わかりません」
「……そうか、わかった。もういい。下がって」
そう冷たく言われて心の奥が強く締め付けられた。
大昔から炎を生み出せるのは炎操者だけだった。素人が石を叩き、火花を散らせて火を作り出せてもそれはただの火種に過ぎない。炎として燃え上がらせるためには魔力がいる。魔力を操って炎に変えることができるのが炎操者なのだ。
炎は人間にとってなくてはならないものであり、生活する上で必ず使用するインフラとなっている。
村の中にある炎売店で売られる炎は使う用途によって様々。部屋を暖めるために使うものや、食事を作るために使うもの、あるいは商売に使用する炎もあるだろう。
それらの要望に応えるのが炎操者だ。
彼らの力で物が作られ、経済が豊かになっていく。
大都市には有能な炎操者が一万人以上いると言われている。
彼らは国を動かす。世界を変える。炎操者は最早それほどの価値を持っている。
バルは炎操者になるためにラドン先生の塾に通っていた。かつて燎火隊として国の護衛をしていたラドン先生はこの村では英雄だ。誰もがラドン先生を慕い、敬っている。彼がこの村へ戻ってきた理由も皆知っている。
彼は炎を扱った事故によって利き腕である左腕を失っていた。
炎操者にとって、利き腕が使えないことは能力を失うことを意味する。
ラドン先生は義手をした状態でこの村に戻り、それ以降は教師として教鞭を取りながら炎操者の後進の育成にあたっている。
ラドン先生は厳しい。普段は優しい性格なのだが、いざ炎を扱うことになると表情が一変する。
炎は危険なものだ。それを誰よりも理解しているからこそ、ラドン先生は厳しく指導をするのだろう。
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