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その日の授業が終わり、帰り道をとぼとぼと歩いていると後ろから声が聞こえてきた。
「おい! モグラ!」
振り返ると、プクたちがバカにするように笑いながら近寄ってくるのがわかった。
「ははは、お前今日もダメだったな! もうさ、才能ないってお前には。早く辞めちまえっよっ」
バルはプクに蹴られて前へ倒れ込んでしまった。後方からは嘲笑が聞こえてくる。
立ち上がり、服に付いた砂を払う。
「お前はさ、いつも人の陰に隠れてこそこそと生きているんだよ。地中で暮らし続けるモグラみたいにさ。そうだろ? 人間様の世界に出てくんなよ臭えから」
頭を掴まれて何度も揺さぶられる。バルと同じ十二歳とは思えないほど体が大きいプクはダルマのようにまん丸としている。
プクの父親は村に三人しかいない炎操者のうちの一人だ。彼はそれを自慢気に話す。誰もプクには逆らえなかった。
もちろんバルも言い返すことができず、ただヘラヘラと笑うことしかできない。
それを見たプクは彼の頭にゲンコツを振り下ろす。痛みで涙が出てくるのを必死に耐えた。
「弱虫バルは笑うだけ、弱虫バルは笑うだけ」
皆が手を叩きながらそう歌う。バルの周りを愉快に踊りながら歌うのだ。最後に皆は彼の頭を叩いて帰っていく。
一人残されたバルは涙を隠して家へ向かう。夕陽はもうすぐ落ちて夜になる。また寂しいあの夜だ。
「バル! おかえり」
彼の自宅が見えてきたとき、近所に住むエレナが一階の窓から顔を覗かせて声をかけてきた。
「ああ、エレナ。ただいま」
「あんた、またプクにいじめられたんじゃないの? 服が汚れてるじゃない」
エレナはバルの一つ年上でしっかり者のお姉さんだ。気が強く、プクたちにも物怖じしない。
「これは、その、転んだんだよ」
「嘘よ。あんたはいつもそう。なんで言い返さないの?」
「だって……僕は、いいんだよ、これで。モグラだし」
プクに言われた言葉は自分でもわかっていた。モグラのようにずっと暗闇の中で生きていくのが自分なのだ、と。
「あんたはモグラなんかじゃないし、人でしょ? なんでそんなに卑屈なの。あんたは立派にやってるじゃない」
「そんなことないよ」
「たった一人で暮らしてるし、朝から新聞配達をして、お昼もお店で皿洗いをして働いて、夕方になるとラドン先生のところへ行って炎操者見習いとしてちゃんと学んでいて。それは凄いことなのよ。私なんて、一人じゃ何もできない。誰かの支えがないと」
エレナは生まれつき足が悪く、車椅子を使って生活をしている。バルもよく彼女を押して出かけることもあった。
「バル。あんたは必ず立派な炎操者になる男なんだから。もっと胸を張って堂々としていればいいのよ」
「……うん。ありがとう」
彼女の優しさに思わず涙が溢れそうになった。おやすみ、と言って家へ帰った。
村外れにある古びた小屋のような家がバルが暮らす自宅だ。
両親は物心ついたときにはいなくなっていて、彼はずっとおじいちゃんに育てられた。
両親が生きているのか死んでいるのか、それはわからなかった。
祖父は無口な人で、厳しくバルを育てた。
「泣いている暇があれば、働け。働けないのならば生きていく資格なんてない」
口癖のようにそう語っていた祖父。その言葉は今もバルの胸に刻まれている。おじいちゃんは二年前に無理が祟って病に倒れ、そのまま息を引き取った。
それからはずっと一人だ。
「目立つことはするな」
おじいちゃんはそうも言っていた。目立つことをしてもいいことはない、と。
「地道に汗水垂らして働くことが大切なんだよ」
バルは窓の外を見ながら、祖父の教えを反芻していた。地道に地道に。
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