10人が本棚に入れています
本棚に追加
◇
「君には炎の才が見える。もし興味があれば、私のところにおいで。いい炎操者になれるはずだから」
それは新聞配達をしていたとき、初めて会ったラドン先生に言われた言葉だった。
最初はなんの冗談かと思ったが、ラドン先生の目は真剣で真っ直ぐバルを見ていた。
炎操者になりたいなんて、考えたこともない。
そんなものは一部の人間だけがなれる職業だ、と思っていたから本当に信じられなかった。
おじいちゃんの教えはもちろん守るつもりだったが、ラドン先生の言葉がずっと頭の中に残っていたバルはある日の夕方、意を決して先生の元へ向かった。
そこは校舎の裏庭で、十人ほどの子どもたちが彼の授業を受けていた。
皆が制服を着ている中、バルだけはボロボロの洋服を身につけている。所々穴の空いたズボンに油が染み付いたシャツ。
他の生徒たちは彼を笑い、馬鹿にした。
特にプクは新しいおもちゃを見つけたように喜んだ。
炎操者としての授業は難しく、学校へ通っていないバルにとっては理解するのが困難なことも多かったが、ラドン先生は親切丁寧に根気よくその意味や内容を教えた。
気がつくと毎日のように授業に参加していた。皆とは明らかに成長スピードが違うものの、できることが増えるとやはり嬉しかった。初めて指先に火が灯ったときは感じたこともない喜びがあった。
炎は意志だ。
操者の意志を受け取ってその形を変えていく。小さくてもいつまでも燃え続ける炎や、熱く激しい炎もある。
「バルはどんな炎操者になりたいんだ?」
誰もいない校舎の裏でラドン先生にそう聞かれたとき、バルは答えに詰まってしまった。
どんな炎操者。
炎操者にもたくさんの職種があり、炎を扱う者はすべて炎操者だ。バルは街中の炎売店で小さな炎を売るだけの仕事でも構わない、と思っている。
炎は扱う者によって姿を変える。それは当然、悪用されることもある。
街を燃やし、物を破壊し、人々を恐怖に陥れるものにも変化する。
そんな炎を悪用する人間を捕まえるのが燎火隊だ。
バルは決して口には出せない。
『目立つことはするな』
おじいちゃんの教えが脳裏に浮かぶ。
「僕は、普通の炎操者で……十分です」
「バル。自分の夢を口にすることは悪いことじゃないよ。お前が燎火隊のポスターをずっと見ていたことは知ってる。本当はなりたいんじゃないのか?」
「いや……僕は……」
「バル、お前に足りないのは勇気だけだ。ほんの少しの勇気。それだけだよ」
全てお見通し、ラドン先生はそんな顔で言った。
ほんの少しの勇気……。
その言葉がいつまでもバルの心の中に残り続けた。
最初のコメントを投稿しよう!