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「……いや」
エレナはバルの服を強く掴んで大きく首を振っている。
バルは前に出て彼女を守ろうとしたが、足は動かなかった。次の瞬間、バルは大男に胸ぐらを掴まれ、軽々と投げ飛ばされてしまう。
地面に倒れ込みながらもすぐに立ち上がるのだが、顔を上げた時にはもうエレナは大男の腕の中にあった。
「きゃぁぁあああああ!」
エレナが叫び声を上げる。
「ははははは! いい声で鳴くぜ」
バルは声が出せなかった。ただただ怯えていた。
「やめろーー! 娘を離せーー!」
エレナの父親が群衆の中から大声で叫んでいる。やめた方がいい。そんなことしたら、殺される。大人しくしないと。
頭の中で逃げ腰の自分が冷静に言葉を発する。弱虫な自分だ。
立ち向かえば殺されるんだ。
『目立つことはするな』おじいちゃんの言葉が頭の中で響いた。でも……。
「バルーーーー! 助けて! 助けてよ!」
エレナの叫び声が聞こえる。
やはり足は動かない。
大男は高笑いをし、醜い笑い声がどんどん遠くなっていく。
『バル、お前に足りないのは勇気だけだ。ほんの少しの勇気。それだけだよ』
ラドン先生の声が耳の奥で聞こえた気がした。
いつまで逃げ続けるんだ?
そのまま一生弱虫でいるつもりか?
今エレナを助けなくて、何が炎操者だ。
動け動け動け。一歩を踏み出せ。
もう一人の自分が何度も何度も肩を揺さぶる。足りないのは勇気。
もう少しだけ、自分に勇気があれば。
もう少しだけ、自分に力があれば。
それは僅かなものでいい。もう少しだけ。
バルは一歩を踏み出した。
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