Angel 01 キューヴ

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

Angel 01 キューヴ

 ここ数年でアドナイ27地区は急激に様変わりした。アドナイによって世界統一がされた影響がこんな辺境まで来ているのだ。    街並みはどこか無機質になり、等間隔に植えられた申し訳程度の植木が風に揺れている。雑多だった過去とは違い、必要なものしか地表に露出していない。そんな感覚だ。  そんな街並みに目を向けることは無く、直人ただ真っすぐに目的地に向かって足を動かす。  歩く事こと約10分、直人は裏路地に入り、小さなドアの前に立った。ドアの前には「OPEN」と書かれたプレートが下がっている。  ここは喫茶店だ。  店舗の外装は、近年となっては珍しい木目調になっており、無機質なこの街では異彩を放っているようにさえ見えてくる。  入店を知らせるベルの音と共に中に入ると、コーヒーの香りに、所々にあしらわれた植木が落ち着きをもたらしてくれる。店内は顔なじみの初老のマスターが1人だけ。カウンター内でコーヒーカップを磨いていた。 「マスター、今日は暑いな」 「えぇ、お疲れ様です。ドクターメアリーはいつものように」 「ああ、ありがとう」  マスターはおもむろに後ろの棚にあるコーヒーカップを持ち上げる。すると、カウンターの床が横に動き、下に向かう階段が現れた。   「たまには喫茶店としてお待ちしております」 「そうさせてもらうよ。」  直人は背中越しに手を振り、ゆっくりと階段を下りていく。コツコツと自分の革靴の音だけがこだましていく。  喫茶店の下は落ち着いた店内に似合わない、機械的で冷たい物になっていた。街並みのそれと同じようなものだ。  柱の少ない内装は部屋を広く見せ、モノトーンを基調としたソファーやキッチンからは生活感があふれている。ここはマスターの居住スペースという訳ではない。  ここの主は・・・・・・と見渡すと、昼前だというのにソファーで寝ていた。だらけた顔をしているアイマスクを付け、白衣も着たままである。またベットに行くことも無く意識を落としたのだろう。 「コーマン先生、起きてください。来ましたよ」 「ん・・・・・・あぁ、君か。いやぁすまない。ちょっと待っていてくれ」  コーマンは目を擦りながらキッチンに向かい、ポットで湯を沸かし始めた。  アイマスクで隠れていた目元には濃いクマが出来ていた。また遅くまで起きていたのだろう。  「飲むかい? インスタントだが」    コーマンはインスタントコーヒーの入ったガラス瓶をこちらに向けてきた。 「大丈夫です。って言うか喫茶店の下でインスタントって何なんですか」 「何って、手軽だろう?」 「いやまぁ否定はしませんけど」  コーマンは猫柄のマグカップにコーヒーを注ぐと口を付け、一息つく。 「あ、そうだ。君の相棒の調整が終わったよ」  コーマンが指さす先には、机に乗った黒い物体があった。 「一昔前の遺物を修理するのも骨が折れるよ。私は研究者であって武器屋でも修理屋でも無いんだがな」 「いつもすみません。申し訳ないとは思ってますよ」  直人は黒い物体、拳銃を取ると慣れた手つきでスーツ内側のホルダーに仕舞う。肩にしっかりとした重みを感じ、安心感を覚えた。 「まぁ、少尉さまのお願いとあっては断れないのも事実だ。銃弾も用意してあるから好きなだけ持っていくと良い」 「——昔の話を。今はただの護衛です」 「そうか。それで護衛対象の美月くんの様子はどうだい? まぁ君の様子からして何も問題は無さそうだが」  直人はコーマンにファイルを渡す。コーマンは中から書類を出すと流し読みをする。 「美月はいつも通りですよ。一応“セラ”も」 「そのようだね。美月くんはほぼ全てのmagicaの器になり得る母的存在。正真正銘の適性体だ。そうそうことも無いだろう」 「でも美月に適性が無ければそもそもこんな事にはなっていません」 「私が言うのも何だが・・・・・・過去を悔いても仕方がない。今後何か異変があればすぐに報告を頼むよ」  コーマンはファイルを机に置き、マグカップの中身を飲みほす。 「さて、定期連絡もここまでにして本題に入らせてもらうよ」  コーマンはデスクに向かい、パソコンを開く。そして直人に3Dモデルを見せてきた。 「——これは船内図ですか?」 「ご名答。これは先日君に渡した乗船チケット、そのアルゴーの船内図だ。依頼主からの要望はシンプル。これに乗船する人間を殺してほしいそうだ。まぁ汚れ仕事だな」 「と言う事はメアリー・アン・コーマンからの仕事ではなく、キューヴにきた仕事ってことで良いんですか?」 「あぁそうだとも」 「なら私も参加するわ」  唐突に背後から声がする。振り返るとそこには、家に居るはずの美月の姿があった。外は危険なため、可能な限り直人がいない時は出ないように言ってあるはずだ。 「美月くん——いや、その話し方だとセラくんかな? こうして会うのは久しぶりだね」 「ええ、そうね。お久しぶり、コーマン先生」  セラは我が物顔で近くのソファーに座る。そして勝手に机の上に置いてあるチョコレート菓子を食べ始めた。 「セラ、お前いつの間に」 「あら、私が悪いんじゃないのよ。喫茶店まではあの子(美月)だったのだけど、いざとなったら怖くなっちゃったみたい。こういう時だけ私に変わって・・・・・・あの子ったら都合良いんだから」  直人がたしなめるように言うと、セラは悪びれる様子もなく笑っている。 「それで、キューヴの仕事なら私も付いていくけれど?」 「——ダメと言っても今日みたいにどうせ付いてくるんだろ? ったく護衛対象が現場に向かってどうすんだ」 「まぁまぁ。事実セラくんは戦力として申し分ない。それにマスターも同行させる予定だ。そこまで問題は無いだろう」 「それじゃあ久しぶりにキューヴ全員の仕事って訳ね。楽しみだわ」  セラは足を投げ出し、無邪気な子どもの様だった。 「あんまり騒がしくするなよ」 「えぇそうね。でも、うっかり火がついて船がぜーんぶ燃えちゃうかもね。ふふっ」 「——お前、燃やすなよ?」 「分かってるわよ。うっかり燃えちゃうだけよ。うっかり」   セラは持っていたお菓子の包み紙を燃やして見せた。発火源はどこにも見当たらず、急に包み紙自体が燃えたようだ。  セラは左目を赤く光らせながら微笑んでいる。天使が人類にもたらした力、magicaを使う際に現れる現象だ。  「だからな・・・・・・」 「——全くつれないんだから。いったいあの子はこんな男のどこが良いのかしらね。もういいわ。あの子に変わる」  セラは1度目を閉じ、すぐに開ける。すると申し訳なさそうな顔をする。 「——あの、その・・・・・・」 「美月、あんま外うろつくなよ。危ないから」 「う、うん。ごめん・・・・・・気を付ける」  セラだった先ほどとは打って変わり、とても素直だった。 「まぁ最近外に出られていなかったのも事実だし、そのうちどっか出かけるか」 「うん、ありがとう」  コーマンは咳ばらいをし、注目を向ける。 「美月くん、いまから直人くんと仕事の話をするからもう少し待っていてくれ。それまで何か飲むかい?」 「あっ、じゃあいつも通りココアを」 「ああ、わかった」  美月が遠くでテレビを見ている間、直人とコーマンは引き続きパソコンの画面を見ていた。 「ターゲットはこの男だ。本国の名誉ある研究会、コンフェッサーの最上層“聖席”の1人、ブラッド・デハート・ウォータース。アルゴーには招待客として乗船予定だ」 「ウォータースにmagicaは?」 「情報によると持っていないようだが、既に自分の身体に打ち込んでいる可能性はある。充分に注意してくれ」 「わかりました」 「——彼はプライドが高く、本国に完璧と言っていいほどの忠誠を誓っていたな。懐かしく感じるよ」 「・・・・・・その言い分だと」 「ああ、昔の同僚だ。いけ好かない男だったよ」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!