依頼人 羽田早紀

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依頼人 羽田早紀

 朝比町(あさひまち)の小さな商店街の一番奥、民家と民家の間に、「べんがら」という店がある。  羽田早紀(はねださき)は、ホームページに乗っていた地図を頼りに、その「べんがら」を訪れた。特別変わった雰囲気もない町のリサイクルショップらしい。古い家具や雑貨に溢れたその店内に人の影を探すが、見当たらなかった。 「すいません、誰かいらっしゃいませんか――? ホームページに問い合わせをした、羽田です」  早紀は、結わった髪の内側、首筋に浮かんだ小さな汗をハンカチタオルで拭った。ただでさえ初夏の天候の中、10分間も歩き続けたのだ。空調の効いていない店内で早紀は暑さにぐったりする。 「ああ、羽田さんですね――」  店内にいるとはとても思えないような、遠くから声がした。若い男性の声だ。早紀は、どこから声がしたのだろうと店内をぐるっと見渡すが、人の姿はない。  ガチャ  鍵を開けたような音が床から響く。早紀は驚いて一瞬たじろいだ。 「ああ、すいません、お待たせしちゃって――」  その声の主は、店の入口近くにいる早紀からほんの2メートルという距離で床から現れた。  さっきまで見ていたその床には、扉のようなものも、入口のようなものもなかったはずだ。それが、男性が床から扉を開けて、まるで床下収納から這い出て来たように顔を出している。 「初めまして。店主の、紅柄(べんがら)です」  早紀は驚きで声を失っていたが、「あ、初めまして、羽田です」と茶髪でパーマの掛かった若い男性に、何とか挨拶を返した。
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