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紅柄(べんがら)と名乗った男が床から這い出ると、さっきまで目の前に現れていたシンプルな木の扉の姿が消えた。
「あ、あの……これは、マジックか何かでしょうか?」
早紀は信じられない様子で、ハンカチタオルを握りしめている。
「マジック、ああ、そうですねえ。英語だとマジック、ですねえ――」
紅柄はニコニコとしながら答える。
「で、ご依頼は遺品整理でしたっけ?」
紅柄に尋ねられて早紀は一瞬身体をこわばらせた。
「はい、この近所に祖母の住んでいた一軒家がありまして……」
「はいはい、そういうご依頼、最近多いんですよお――」
紅柄はそう言うと、店内の一番奥にあるカウンターに向かい、そこで細い縁の眼鏡を掛ける。
「一応、僕、遺品整理士っていう民間資格も持っております」
「はあ」
「あとは、古物商許可証も――」
「あのっ……」
自分のペースでニコニコしながら話を始める紅柄に対し、早紀は思いつめた表情で向かっていた。
「私、古い友人に聞いてこちらにお伺いしたんです。遺品整理の時に、『思い出鑑定』ってお願いできますか?」
早紀が真剣な顔で紅柄を見つめるのとは対照的に、紅柄はそれまで同じようにのんびりとした調子で、「はい、勿論ですよ――」と何でもないように答えた。
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