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昔を懐かしむ様に過去に起きた事故を思い起こすかの様に、第一校舎の窓枠に沿って並んだ手摺を撫でてみたり、中庭の俺達の世代より昔の先輩たちが制作したベンチに腰掛けて安らぎの気持ちを貰い、ベンチ周りに木陰を作ってくれる青々とした楡の木を見上げたりしながら、ここでよく友達とお弁当を食べただの、楡の木につく毛虫が怖かっただの、散々高校時代の思い出を聞かされて、愛花は俺の手を取り中庭ではしゃぎなから愉しげにしている。
そのせいか俺も、購買室裏の棗椰子のたもとに敷き詰められた西洋芝生に座り弁当を膝に置き、川村茉莉亜と昼休みを過ごしていた日常が蘇らせる。
「あっ!教室にいかなきゃ!」
俺達が学んでいた3年4組の教室は、中庭を挟んだ南側に立地する第ニ校舎の三階にある。
愛花はそこに行かなければならない事実を突如思い出したらしく俺を急かす。
しかし急かす癖に彼女にとっても思い出深い中庭の散策は止められず、また楽しみ始めた愛花の背中を「困ったもんだ」とやんわり背中を押して第ニ校舎の西側出入口の前に立った途端、かつてそこにあった靴箱の大群も取り去られているのに気付かされた。
今はただ埃っぽく、風で舞い込んだ落ち葉が四隅に固まっているだけの広い空間になってしまった靴脱ぎ場。さて三階へ上がる階段はどこだろうと記憶を頼りにキョロキョロしだしたところ、ゆらり人影が現れた。
「お久しぶりね」
「あ、ご無沙汰してます」
「こんにちわ」
ペコンと二人揃って頭を下げた先に静かに佇む老婦人。
かつて3年4組の主担任だった荻谷小百合先生が、教え子である俺たちに丁寧なお辞儀で返す。
「なんだかしばらく見ないうちに立派になって」
とか、
「向こうから実家に帰るのは大変だったでしょ?」
とか、
「親御さんは元気でしたか?」
などなどの言葉を重ねて握手を求められ、おどおどしながら差し出した俺達の手をギュッと握って深い親愛の情を示してくれる。
「先生こそおかわりなく」
「昔のままお綺麗ですね♪」
「あらあら、お世辞がうまくなったのね♪」
そして一頻りお互いの近況語りを交わす。
「ところで鬼怒田くん。あの話は本当なの?」
「茉莉亜。あ、いえ、川村さんが学校に現れると言う話は僕も雄二から教えてもらいましたけど、彼女はあっち側にいますから、本当に来るのかどうか、正直なところ眉唾かもしれないとは思ってはいます…」
先生は僅かに曇った目を覗かせ、そうかもしれないわね。でも信じているわ。だって先生も茉莉亜さんに会いたいのよ。
そう穏やかにいった。
「私達の傷はすぐ元通りになりましたけど、彼女はそうもいかないでしょうからね。長い間休学していたのも治療に専念する為でしたから…。でも私は学校を去ったからその先どうなったかわからなくて……」
「それは俺たちも同じです。あれっきり音信不通になりましたから」
そうね。でも、特に茉莉亜さんとお付き合いのあったあなたには、本当に辛いことだったと思います。
先生は俺を気遣い、優しく温かみのある口調で慰めの言葉を紡いでくれた。
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