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異変
頭が朦朧とする。
考えがまとまらない。
意識が引っ張られる。
誰かに頭の中をかき回されているようだ。
・・・またか。
カルセイランは、自分の執務室に戻るとすぐに、扉にもたれるようにして寄りかかり、そのままずるずると力なく座り込んだ。
だが、この感覚は二度目だった。
誰かにいつも見られているような。
頭の中に声が聞こえるような。
思いを書きかえられているような。
数か月前に我が国を訪れた隣国からの使節団の一員の顔が頭に浮かぶ。
謁見の間での対応の後、一人の術師が人目を忍ぶようにして話しかけてきた。
どうやら貴方は狙われているようですね。
ご自覚はないと思いますが、今も貴方は術をかけられていますよ。
ああ、これは恐らく『傀儡』ですね。
誰かこれを仕掛けそうな人物に心当たりはありませんか?
その言葉に酷く動揺した。
だが、それと同時に、すとんと腑に落ちたのも本当で。
その時まで、決して拭う事が出来なかった違和感の存在が、それが事実だと証明していたから。
あの日は、その術師が密かに『傀儡』を解いてくれたことで我に返った。
隣国の王太子よ。
どうか慎重に行動なさるがよい。
相手はどうやら、貴方を自らの支配下に置きたがっているようですよ。
貴方は魔力をお持ちでないにも拘らず、強力な術に精神力のみで対抗しておられる。
これは極めて稀な事です。
ですが、永久に対抗し続けることは出来ません。
かような術を使う相手に対して難しい事とは思いますが、誰が敵で誰が味方かを早く見極めることです。
只人よりも術に対する耐性はお持ちのようですが、このままではいずれ貴方はその力に負けるでしょう。
そう告げられた。
誰かが私を支配しようとしている。
そして思うままに操ろうとしている。
だが術師が述べた通り、それに気づいた後も対処するのは難しかった。
誰一人として、態度や様子が変わった者はいなかった。
それまでと全く変わらない日々が続く中、精神魔法のみの攻撃だけが襲いかかってくる。
その術師が密かに渡してくれた幾つかの防御用の魔道具だけが、今の自分を守る術だった。
「・・・どうやら、これが魔道具だと見破られてしまったようだな」
右腕に装着した腕輪を見る。
それは術師がくれた、あらゆる呪術を跳ね返す魔道具の一つ。
彼の解呪を受けてすぐ、これを身に付けて過ごすことで、ここ数か月を凌いでいた。
そもそも、この類の魔道具は、幾重にも保護魔法がかけられているという。
魔道具そのものに直に無効化魔法をかけるか、魔力を込めつつ物理的負荷をかけない限り、機能が失われる事などないのに。
そう、ない筈なのに。
現にこれは効力を失った。
のろのろと立ち上がり、寝室の奥の棚、普段から鍵をかけている棚を開き、そこから術師のくれた魔道具の一つを手に取った。
術払いのペンダントだ。
ペンダントを首にかけた瞬間、朦朧としていた意識が鮮明になる。
かき回すような感覚が雲散し、あの日術師が私を解呪してくれたときと同じ、大きな開放感が降ってくる。
自分が自分に戻れたような、霧が晴れたかのような感覚に、ほっと息を吐いた。
頭の中に愛しい人を思い、浮かんだ顔に安堵する。
風に揺れる銀色の髪。
優しく細められる紫の瞳。
それは、私が恋した少女の笑顔。
昨日から何故か嫌悪を感じ始め、そんな自身の反応に戸惑いを覚えた愛する婚約者の顔だ。
・・・やはり、術をかけられていたか。
もう一度、右手にはめた腕輪を見る。
王宮内で、こうも易々と壊れる筈のない物が壊されるのは、不気味としか言いようがない。
・・・誰かが陰湿な罠を張り巡らせている。
だが、まだ見つけられないでいる。
背後にいるのが何者なのかを。
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