お母さんはヨソのおばさん?

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お母さんはヨソのおばさん?

「コントラバス同様、今年は中学でオーボエを吹いてた子がいないことが判明したのよね?」 と、サチさんに向かって問いかける鷹峯(たかがみね)部長。 「そうっスね」  ニヤリと笑いながら答えるサチさん。 「担当直入に言うわ。私は、いえ、ここにいるパートリーダー全員は、相田さんにオーボエを担当して欲しいのよ」  グッとアタシの目を見て言葉を放つ鷹峯(たかがみね)部長。 「いやいや、ひょっとして、やりたい人がいるんじゃないんですか?」  驚きつつも、遠回しにお断りするアタシ。  そんなアタシに対して白鷺(しらさぎ)副部長は、 「小学生の時、やってたんでしょ? ならやっぱり経験者優先よね」 と言うんだけど……  これはアレだ。個人情報の流出ってヤツだ、たぶん。  アタシはチラリと、同じ町内に住むサチさんを見る。サチの野郎…… 目を合わせやがらない……  情報の発信源はやっぱりアンタなんだな。 「でも、中学に入ってから、ほとんどオーボエにさわってませんよ?」  アタシは必死に抵抗を試みる。 「専門じゃないからよくわからないけど、オーボエはちゃんとした音を出せるようになるまで、他の楽器より時間がかかるんじゃないの?」 と言う鷹峯(たかがみね)部長の発言に対し—— 「半年ぐらいかかるって言う人もいるわよ。相田さんは、もうそのあたりのレベルはクリアしてるんでしょ?」 と補足する白鷺(しらさぎ)副部長。 「どうなんでしょう? 一応、音ぐらいは出ますけど……」  なんだか、ちょっとマズイ雰囲気になって来たぞ。  あっ、これってひょっとして…… アタシがここに呼ばれたのは、新入生勧誘チームの一員だからじゃなくて……  みんなで説得して、アタシにオーボエを担当させようって魂胆なのか?  更に、鷹峯(たかがみね)部長が発言を続ける。 「ファゴットも同じだけど、ダブルリードは、リード選びや調整が特に難しいでしょ——」  オーボエとファゴットは二枚のリード…… なんて言うか、楽器の発音源になる薄片みたいなモノを2枚使うのだ。 「——あなたにはお母さんという、素晴らしい協力者がいるじゃないの。それって羨ましいぐらいよ」  アタシのお母さんが、高校生の頃オーボエを吹いてたことまで知ってるんだな……  どうやらアタシの家族構成まで、情報が漏れているみたいだ。  アタシは自分と家族のために、断固としてプライバシーの保護を訴えるべきなのか? いや、面倒くさいからそれはやめておこう。  それにしても、コノおしゃべりサチさんめ…… アタシはもう一度サチさんを見る。するとサチさんが—— 「オマエ、中学でチューバが上手く吹けなかった時、『あれー、アタシ、オーボエなら吹けるんだけどな』、とか、『いや、今のはオーボエの指使いと勘違いしただけだから』、とか、自慢げに言い訳してたじゃねえか」  微妙に似てないモノマネを絡めて攻撃してくるサチさん。 「あん時はまだ子どもだったんだよ! 今はもう大人の階段登ってんだよ!」 「テメー…… 最近調子に乗ってねえか?」 「まあまあ、久保田、そんなに怒るな」  剛堂先輩、ナイスフォローありがとうございます! 「まったく…… 剛堂(ごうどう)サンは、ナツに甘いんだから……」  ため息混じりにつぶやくサチさん。 「それでまあ、なんと言うか…… 私は夏子に無理矢理ではなく、出来れば納得してオーボエを担当して欲しいんだ」  剛堂先輩はホントにイイ人だな。  でもこのままでは、アタシ、ホントにオーボエを吹かされることになるんじゃないか? アタシはなんとか反論を試みる。 「じゃあ、チューバパートはどうなるんですか? 即戦力バリバリのアタシがいなきゃ、困るでしょ?」 「ふっ」  あ! 今、サチの野郎、鼻で笑いやがった! 「いいか、バカ、よく聞け。今年は3年と2年で十分コンクールを戦えるんだ。むしろオマエの出番はないと言っていい。来年以降、期待の新人二人が間違いなく伸びる。アイツらは逸材だ」  しまった。アタシはライバルをスカウトしてたのか。 「ねえ。なぜ、そこまでオーボエが嫌なの?」  不思議がる鷹峯(たかがみね)部長。 「オーボエをやってると、ウチのお母さんが知らないヨソのおばさんになるんです」 「は?」 「あー、わかるように通訳しますと——」  サチさんが口を挟んでくる。 「——ナツん()のオバチャンは、オーボエのことになると別人のように熱が入ってしまい、とても怖くなる、ということっス。ナツん()のオバチャンが、高校生の時オーボエ吹いてたって話は前にしましたよね?」  おい、通訳ってなんだよ。それから我が家のプライベートをリークしたのは、やっぱりアンタなのかよ。 「なあナツ。でもそれはオマエが小学生の頃の話だろ。オマエも高校生になったんだから、流石に昔のようなスパルタレッスンなんて、オバチャンも強要しないと思うぞ?」 「たとえお母さんが許しても、お婆ちゃんが許すとは思えませんもん」 「えー、また通訳するとですね、ナツの母方のお婆ちゃんも、実はオーボエやってたんスよ」 「そう、母方です!」 「……ナツ、今日また一つ大人になったな」 「べ、別に母方って言葉ぐらい知って——」 「……夏子」  今まで黙っていた清風(きよかぜ)先輩が、アタシの言葉を遮り急に口を開いた。
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