3人が本棚に入れています
本棚に追加
お母さんはヨソのおばさん?
「コントラバス同様、今年は中学でオーボエを吹いてた子がいないことが判明したのよね?」
と、サチさんに向かって問いかける鷹峯部長。
「そうっスね」
ニヤリと笑いながら答えるサチさん。
「担当直入に言うわ。私は、いえ、ここにいるパートリーダー全員は、相田さんにオーボエを担当して欲しいのよ」
グッとアタシの目を見て言葉を放つ鷹峯部長。
「いやいや、ひょっとして、やりたい人がいるんじゃないんですか?」
驚きつつも、遠回しにお断りするアタシ。
そんなアタシに対して白鷺副部長は、
「小学生の時、やってたんでしょ? ならやっぱり経験者優先よね」
と言うんだけど……
これはアレだ。個人情報の流出ってヤツだ、たぶん。
アタシはチラリと、同じ町内に住むサチさんを見る。サチの野郎…… 目を合わせやがらない……
情報の発信源はやっぱりアンタなんだな。
「でも、中学に入ってから、ほとんどオーボエにさわってませんよ?」
アタシは必死に抵抗を試みる。
「専門じゃないからよくわからないけど、オーボエはちゃんとした音を出せるようになるまで、他の楽器より時間がかかるんじゃないの?」
と言う鷹峯部長の発言に対し——
「半年ぐらいかかるって言う人もいるわよ。相田さんは、もうそのあたりのレベルはクリアしてるんでしょ?」
と補足する白鷺副部長。
「どうなんでしょう? 一応、音ぐらいは出ますけど……」
なんだか、ちょっとマズイ雰囲気になって来たぞ。
あっ、これってひょっとして…… アタシがここに呼ばれたのは、新入生勧誘チームの一員だからじゃなくて……
みんなで説得して、アタシにオーボエを担当させようって魂胆なのか?
更に、鷹峯部長が発言を続ける。
「ファゴットも同じだけど、ダブルリードは、リード選びや調整が特に難しいでしょ——」
オーボエとファゴットは二枚のリード…… なんて言うか、楽器の発音源になる薄片みたいなモノを2枚使うのだ。
「——あなたにはお母さんという、素晴らしい協力者がいるじゃないの。それって羨ましいぐらいよ」
アタシのお母さんが、高校生の頃オーボエを吹いてたことまで知ってるんだな……
どうやらアタシの家族構成まで、情報が漏れているみたいだ。
アタシは自分と家族のために、断固としてプライバシーの保護を訴えるべきなのか? いや、面倒くさいからそれはやめておこう。
それにしても、コノおしゃべりサチさんめ…… アタシはもう一度サチさんを見る。するとサチさんが——
「オマエ、中学でチューバが上手く吹けなかった時、『あれー、アタシ、オーボエなら吹けるんだけどな』、とか、『いや、今のはオーボエの指使いと勘違いしただけだから』、とか、自慢げに言い訳してたじゃねえか」
微妙に似てないモノマネを絡めて攻撃してくるサチさん。
「あん時はまだ子どもだったんだよ! 今はもう大人の階段登ってんだよ!」
「テメー…… 最近調子に乗ってねえか?」
「まあまあ、久保田、そんなに怒るな」
剛堂先輩、ナイスフォローありがとうございます!
「まったく…… 剛堂サンは、ナツに甘いんだから……」
ため息混じりにつぶやくサチさん。
「それでまあ、なんと言うか…… 私は夏子に無理矢理ではなく、出来れば納得してオーボエを担当して欲しいんだ」
剛堂先輩はホントにイイ人だな。
でもこのままでは、アタシ、ホントにオーボエを吹かされることになるんじゃないか? アタシはなんとか反論を試みる。
「じゃあ、チューバパートはどうなるんですか? 即戦力バリバリのアタシがいなきゃ、困るでしょ?」
「ふっ」
あ! 今、サチの野郎、鼻で笑いやがった!
「いいか、バカ、よく聞け。今年は3年と2年で十分コンクールを戦えるんだ。むしろオマエの出番はないと言っていい。来年以降、期待の新人二人が間違いなく伸びる。アイツらは逸材だ」
しまった。アタシはライバルをスカウトしてたのか。
「ねえ。なぜ、そこまでオーボエが嫌なの?」
不思議がる鷹峯部長。
「オーボエをやってると、ウチのお母さんが知らないヨソのおばさんになるんです」
「は?」
「あー、わかるように通訳しますと——」
サチさんが口を挟んでくる。
「——ナツん家のオバチャンは、オーボエのことになると別人のように熱が入ってしまい、とても怖くなる、ということっス。ナツん家のオバチャンが、高校生の時オーボエ吹いてたって話は前にしましたよね?」
おい、通訳ってなんだよ。それから我が家のプライベートをリークしたのは、やっぱりアンタなのかよ。
「なあナツ。でもそれはオマエが小学生の頃の話だろ。オマエも高校生になったんだから、流石に昔のようなスパルタレッスンなんて、オバチャンも強要しないと思うぞ?」
「たとえお母さんが許しても、お婆ちゃんが許すとは思えませんもん」
「えー、また通訳するとですね、ナツの母方のお婆ちゃんも、実はオーボエやってたんスよ」
「そう、母方です!」
「……ナツ、今日また一つ大人になったな」
「べ、別に母方って言葉ぐらい知って——」
「……夏子」
今まで黙っていた清風先輩が、アタシの言葉を遮り急に口を開いた。
最初のコメントを投稿しよう!