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パートリーダー会議
高校の入学式が終わって10日ほど過ぎた、日差しの暖かな部活日和のある日のこと。
ここは校舎4階にある音楽準備室。
アタシは、今、音楽準備室内にあるちょっと硬めのパイプ椅子に、ソワソワしながら座らされている。
周りには、10人を超える吹奏楽部の先輩たちが着席している。
先輩たちに囲まれて、居心地が悪いんだよね……
アタシの名前は相田夏子。吹奏楽部に入部届けを提出したてのホヤホヤ1年生。
友だちからはナツと呼ばれているが、たまにバカと呼ばれることもある。
でも別にいいのだ。だってアタシはバカな自分が大好きなんだから。
アタシの夢は、みんなに喜んでもらえるバカになることだ。
そんなアタシのおバカ願望はさて置き。
アタシは中学3年間、チューバという重さ10キロもある金管楽器を吹いていた。
基本的にチューバを担いで演奏することはないんだけど、アタシはこのチューバを振り回しながら演奏するのが大好きなんだ。
でも小学生の頃は、ウチのお母さんがオーボエ経験者であるため、無理矢理オーボエの練習をやらされてたんだ。これが嫌でしょうがなくて……
それに、なんかオーボエって、清楚なお嬢様が演奏するようなイメージがあるんだよね。
だから、野性味あふれるアタシには向いてないと思うんだ。
そういうわけでアタシは高校でも、またチューバを担当したいと思っているのだ。
アタシの隣の席には、中学からの付き合いである、2年生の先輩、久保田幸さん、通称サチさんがボケーっとした顔をしながら座っている。
サチさんはひとことで言うと、とてもガラの悪い人だ。中学の頃は男子と殴り合いの喧嘩なんかもしてたんだよね。ついでに言うと、性格も顔つきも、いたるところが悪い。でも、アタシはそんなサチさんが嫌いではないのだ。
家も近所なんで、小さい頃から一緒に遊んた仲だからね。
実は今日、アタシはサチさんと共に、音楽準備室で行われるパートリーダー会議に呼び出されているのだ。
パートリーダー会議について説明すると、各楽器を担当している演奏者集団を代表する人物達が集まって部の方針について話し合う、いわば我が校吹奏楽部の最高幹部会議と言っていいだろう。
ただし、演奏者の少ない楽器については、複数の楽器奏者をひとまとめにして一つのパートにしているところもある。例えば、チューバとユーフォニアム、コントラバスがまとまった『低音パート』とか、オーボエとファゴットを合わせた『ダブルリードパート』とか。
今日の会議では、新入生の入部状況について話し合われるとのこと。
そのため、『新入生勧誘チーム』の一員である、アタシとサチさんも特別に会議への参加が認められたわけだ。
でも正直なところ、別にあえて認めてもらわなくても良かったんだけどね。なんか大変そうだし。
♢♢♢♢♢♢♢
そろそろ会議が始まるようだ。まず最初に、眼鏡をかけた知的おねえさん、鷹峯部長が口を開いた。ファゴット奏者の部長は、ダブルリードパートのリーダーも兼任している。
「新入生勧誘チームのおかげで、今年は新入生の楽器選びがスムーズに進んだわ。本当にありがとう。ファゴットも経験者が入部してくれて、私は大喜びよ。その子、入部しようかどうか迷ってたそうね? 特に相田さんが積極的に声をかけてくれたとか。本当にありがとう」
満面の笑みを浮かべ、感謝の言葉を口にする鷹峯部長。ちなみに、ファゴット経験者の新入生とは、アタシと同じクラスのカンナという名前の女の子のことだ。
「いえいえ。カンナは部長にいろいろ話を聞いてもらえて嬉しかったって言ってましたから。きっと部長の人柄のおかげですよ」
アタシがそう言うと部長は——
「まあ! 相田さんはおバカだから、きっと裏表なく、心からそう言ってくれてるのよね? 本当に嬉しいわ!」
と、言ったんだけど…… なんか複雑な気分だ。
「オマエ、バカでよかったな」
コソッとつぶやくサチさん。ちっ、ウッセイやい。
次に発言したのは、壮絶美少女白鷺副部長。フルートパートのリーダーも兼任している。
「特に演奏者の人数自体が少ない楽器について、早く判断が出来て本当に助かったわね」
それを受けて発言するのは、低音パートリーダーで、コントラバス担当の剛堂先輩。空手の有段者で怒るととてつもなく怖い人なのだが、性格はド天然。姉御肌の気さくな先輩として後輩からの人気が高い先輩だ。剛堂先輩もご機嫌な様子だ。
「コントラバスは経験者がいないと早めにわかったおかげで、積極的に楽器初心者の勧誘に邁進出来たからな。その結果、自ら進んでコントラバスを希望してくれる者も出てきたんだぞ!」
なんとなく『楽器を吹く』イメージが強い吹奏楽部の中にあって、バイオリンのように弦を使って演奏するコントラバスは、『なんかイメージと違う』と言って、敬遠されることも少なからずあるそうだ。
更に剛堂先輩は続ける。
「そう言えば、毎年なかなか希望者が現れない仲間であるチューバにも、もう希望者が現れているんだろ?」
剛堂先輩がチューバ奏者のサチさんに、話の続きをするよう促した。
「そんな仲間になった覚えないんスけど…… まあ、チューバはやたらと重いっスからね。チューバも楽器未経験者ですけど、期待できそうな新人が二人ほど入ってくれそうっスよ」
それを聞いてホッとした表情を見せるパートリーダーたち。
「さて、そこでなんだけど……」
再び鷹峯部長が口を開いた。
「問題はオーボエなのよね……」
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