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放課後の生物室。五郎は熱帯魚の水槽に餌をやる手を止めると、亀が入った桶の前でしゃがみ込む北園深結を見下ろした。
「そうか。そんな気はしていたが、亀ロンは雄だったか。では、亀井静香に改名しよう」
「ジェームズ・亀ロンでよろしいのではないでしょうか」
「流石は北園。それでいこう」
ここまで真顔でがんばったが、限界であった。
「ぶはっ。おまっ! 生殖器て! 真顔で!」
笑い転げる五郎に、「にやにやしてチンコと言えば良かったですか?」と戸惑った顔で追い打ちをかける。そこはにやにやじゃなくもじもじだろうとか、いきなりチンコ言うな落差が凄いなとかのツッコミもできずにげらげら笑った。
まったく。これを計算せずにやっているのだから恐ろしい。その上……
「それより北園先生、私を北園と呼ぶのはそろそろ諦めて下さい。同じ北園なのに名字で呼び合うのは気持ちが悪いです」
「お前が他の生徒らみたいに五郎先生とか五郎ちゃんとか呼べば良いだろ。いや、五郎ちゃんは駄目か」
まだ腹を抱えてヒーヒー言いながら目尻の雫を拭う五郎を、深結は不服そうに睨めつけた。
そうして暫く五郎を眺めていた深結であったが、ぷうと膨れた頬を溜め息ひとつついて戻すと立ち上がって、漸く笑いの収まった五郎についと歩み寄る。そして、
「じゃあ、五郎さんと呼ぶので結婚してください」
これだ。
詰め寄られ、見上げられ、真剣な調子で請われれば、さっきまで馬鹿笑いで緩んでいたところに突然緊張を強いられた五郎の喉がヒュッと鳴る。
初めて言葉を交わしてから毎日、彼女は五郎にプロポーズしてくるのだ。これを性悪と言わず何と言おう。
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