水魚の営み 【水魚シリーズ#2】

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 こざっぱりとした性格が好意的に映るのか、モテないわけではない五郎であったが、異性関係に対しては若干苦手意識があった。興味が無いわけでもないし、告白されたらありがたいとも思うのだが、いざ付き合ってみるとのめり込めず、相手の感情の方が上滑りしているような居心地の悪さがあって、結局長続きしないのだ。  そんなことより、正直、兄貴分のように慕ってくる同性の友人たちと馬鹿をやる方が楽しかったし、女性に対してはなかなか持てない愛情というやつも、動物相手なら勝手にふつふつと湧いてきた。なにせ、動物相手なら、誰か一人を特別視せず皆を平等に扱っても心苦しさが無いのが良い。  自分はきっと恋愛をするには決定的な物が足りない、欠けた人間なのだろう、と、五郎は納得してやってきた。  それがなぜだかここにきて、この十も年下の子供には狂わされっぱなしだ。矜持もへったくれもあったもんじゃない。  五郎は、はぁ、と嘆息すると、ぼりぼりと頭を掻いて深結から離れ、無言で魚の餌やり作業に戻った。  思えば、この女生徒とは出会いの時点から調子を崩されっぱなしだ。  歴代の生物担当教師たちが持ち込んだという数十種類の動植物が世話されているジャングルのような教室に初めて足を踏み入れた時、五郎は気持ちが浮き立っていた。  生来動物好きで、子供の頃にはメダカを飼育し繁殖もさせていた五郎であったが、実家を出てからは保護した犬猫に部屋を占拠されるようになり、水槽を置く余裕はなくなった。  そんなわけで諦めていた観賞魚の飼育を職場でできることにわくわくと胸を踊らせ、残りの餌や備品などをチェックしていると、産休に入った前任の生物担当から言い付かった餌やり当番であろう一人の生徒がガラリと生物室の戸を開けた。 「おう、きたな」  声をかけられた女生徒は、戸を開けたままの状態で固まってしまった。あ、不審者と思われたかな、と思い至り、慌てて自己紹介する。 「産休に入られた山田先生に代わって今日から生物担当になる北園五郎だ。ヨロシクな」  握手、は、怖がられそうだな、と手を差し出す代わりに笑った。そしたら、なぜか泣かれた。その場にへたり込んでわあわあ泣かれた。なんなんだいったい。  名乗りもしたし、人が良さそう害が無さそうと評される俺の笑顔で泣く奴がいるとは、と焦る五郎にできるのは、泣き続ける子供の隣で一緒になってしゃがみ込み、落ち着くまで背中を撫でてやることくらいだった。  どのくらいの時間そうしていたか、ついに涙が収まったか涸れたかで顔を上げた女生徒は、真っ赤になった目で至近距離から五郎の目を見据え、自分の背中を撫でていた手の肘のあたりの服を摘むと、震える小さな声で言い切った。 「私の夫になってください」  それが、深結との出会いだ。  
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