第八章 きりふだはひだり

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第八章 きりふだはひだり

 スカルとの決戦を超え、俺たちはついに魔王城にたどり着いた。 「ここが魔王城か」 「ついに来たわね」 「不気味ですね」 「薄気味悪いっす」  魔王城といっても、人間のような建築された城ではなく、岩が初代魔王の魔術によって変形したものだ。魔王は代々この場所を根城にいている。  なんだか空の色も灰色だし、雲も暗雲が立ち込めている。  俺たちは、薄気味悪い魔王城の中を探索する。中には今まで現れた全種類の魔物がランダムで襲い掛かってくるらしい。だが、デーモンはいてもスカルのような名持の魔物はいなかった。もしかしたら、名持の魔物は一体しか作れないのかもしれない。  オーガやデーモンには苦戦したが、スライムはミンクがテイムし、ゴブリンは楽勝なので、休み休み魔王城を攻略していく。  魔王城は初代魔王の頃から存在している。仮に魔王と勇者の勝敗が五分五分だったとして、勇者は半分の確率で勝利している。なので魔王の玉座までたどり着き、帰ってきた勇者たちが残した魔王城の地図が存在している。  地図を頼りに魔王の間までたどり着いた。魔王の間の大きく重い扉を四人がかりで開ける。 「待っていたよ。勇者」  魔王の間の中から声が響く。俺を先頭に中に入る。部屋のつくりは人間の城の謁見の間と変わりない。  そして、人間であれば王座のある場所には、一人の青年が座っていた。 「お前が魔王か?」  青年は立ち上がり、派手なポーズで自己紹介を始める。 「僕の名はクロム。今代の魔王だ」  魔王なのだから、当然名前があるのだろう。それが自分で名乗っているだけなのか、それとも、誰かに名付けられたのかは分からないが。 「こちらが名乗ったんだから、君も名乗るべきなんじゃないかな?」  クロムは王座に座り直し、俺たちの名乗りを聞くつもりのようだ。確かに、勇者と魔王の戦いなら、神聖なものだし、敬意を払うべきなのかもしれない。何より、名乗りの間に魔術や奇跡の準備ができる。 「今代の勇者、レイド・マーシャルだ」 「アルマ・ケルスタよ」 「ヤナ・ラーマです」 「ミンク・アレステルっす」  クロムは俺たちの名乗りを満足そうに聞いていた。 「では、挨拶も済んだことだし始めようか」  その合図と同時に、俺はまっすぐクロムに走り出す。 「では、まずは肉弾戦と行こうか!」  クロムも俺に向かってくる。だが、あちらのこだわりなど知ったことではない。俺は構わず聖剣を抜き放つ。  俺の聖剣と、魔王の拳がぶつかり合う。聖剣がクロムの拳を切り裂く――はずだった。だが、俺の聖剣は拳とぶつかり、激しい火花を散らす。 「馬鹿な!」  聖剣は魔物に対して特攻だ。それは魔王だって例外じゃない。そもそも、聖剣だって立派な刃物だ。刃に指を添えれば人間だって指が切れる。俺もそうだ。 「妙だな」  魔王はより力を込める。すると、俺はいとも容易く吹き飛んだ。 「弱過ぎる。本当に勇者か?」  さすがは魔王。見抜いてやがる。俺は吹き飛んだ先の陥没した壁の中でそう思った。 「《回復》」  ヤナが回復の奇跡で俺を治療してくれる。 「《爆撃》」 「行くっす、スライムたち!」  アルマが魔術でクロムを攻撃し、ミンクが足止めをする。いや、おそらくアルマもクロムを近づけさせないために魔術を使っているのだろう。 「へえ、テイマーもいるのか。それにしては下級の魔物ばかりというか、スライムだけだけど」  アルマの《爆撃》を片手で受け止め、クロムはミンクを品定めする。 「無傷。ありえないわ、私の魔術を受けて……」 「いいや、聖剣で傷つかないんだから、魔術で傷つかないのも当然だ」  俺は口に付いた血を拭い、立ち上がって先頭に立つ。 「いや、そうでもないよ」  クロムは右手を見せる。拳には刃物で切ったような浅い切り傷が、手の平には火傷の跡があった。確かに無傷というわけではないが、俺たちの全力をぶつけたにしては小さすぎる傷だ。 「連携で行くぞ!」  正面から戦って勝てないのなら、正面から戦わないようにすればいい。 「《聖光》」  ヤナの奇跡により、辺りが光に包まれる。スカルは剣で切り裂いたが、クロムは何もしない。何もできないのか。それとも、俺たちを侮っているのか。  その間に俺が飛び込み、クロムの足を斬りつける。オーガの時のように健を斬れればよかったのだが、まるで、身体に刃が入らない。 だが、片方の足はミンクのスライムで固定できた。俺は素早く離れ、それと同時にアルマが魔術を放つ。 「《砲撃》」  熱線がクロムを襲う。いつもの連携ならこれで俺がとどめを刺しに行って終わり。だが、クロムはこれでは倒れないという確信があった。だから、さらに追撃する。 「《聖撃》」 「《聖撃》」  俺とヤナのダブル《聖撃》が加わり、視界が白く染まる。 「ぜえ、はあ……」  俺は聖剣を地面に突き立て、身体を支える。本来なら、ヤナは防御、回復のために力を温存しなければならない。だが、今回ヤナは《聖撃》を使い、攻撃に参加することを選んだ。ここが勝負の際だと判断したのだろう。  俺も、アルマも、ヤナも、もう息を切らしていた。 「へえ、今のはよかったね。さすが勇者パーティーってとこかな」  だが、クロムは悠々と立っていた。ただし、右腕は吹き飛んでいる。 「余裕だな。右腕が重傷、みたいだが?」  クロムはクスリと笑う。 「この戦いはね、元々生きるか死ぬかしかないんだ。右腕一本ぐらいなら必要経費だよ」  クロムは生きてこの戦いを乗り越えられれば十分なのだろう。思えば、ずっと右腕だけで、右腕を犠牲にするような戦い方をしていた気もする。 「ただ、こうなるともう肉弾戦は無理かな。じゃあ第二ラウンド」  魔王は左手をこちらに向ける。 「魔術戦といこうか」  そう、魔王はまだ幼かった俺に呪いをかけた。だから魔術が使えることは知っていた。なぜ使わないのか疑問だったが、力を残していたのか。 「じゃあ、アルマが使った魔術を使おうかな。《砲撃》」  極太の熱戦が俺たちに向けて放たれる。 「《砲撃》」  アルマも《砲撃》の魔術で迎え撃つが、威力が違う。徐々にアルマの《砲撃》が押され始める。 「《聖盾》」  ヤナの奇跡によって俺たちの前に聖なる盾のバリアが張られる。今までギリギリのところで踏ん張っていたアルマの《砲撃》がここにきて完全に押し負けた。  すごい熱波が顔を襲う。俺は右腕で顔を覆って耐えるが、その際に右腕に巻いていた布が解けた。  右腕と右肘の繋ぎ目が露わになる。それを見て、クロムは目を開かせる。《砲撃》を撃つのも止めた。 「へえ。君、勇者にしては弱いと思ったけど、勇者ですらなかったんだ」  クロムは肩を震わせて笑う。だが、面白くて笑うというよりは、もう笑うしかないという笑い方だ。 「《加速》」  クロムが消え、突然俺の目の前に現れる。俺は咄嗟に聖剣で自分を庇う。予想通り、クロムが俺に向けて拳を放つ。  俺は再び壁に叩き付けられる。 「《扉》」  クロムは左腕を魔術によって現れた虚空へと突っ込み、一振りの剣を抜き放つ。赤い刀身に黒い魔力を纏った不気味な剣だ。 「《鑑定》」  アルマはおれが言うよりも早く《鑑定》を使った。当たり前のことだが、魔術を使うには魔力を使うしかない。つまり《鑑定》の分も魔力を消費する。それでも、使うべきだと判断したのだろう。 「結果は?」 「……鑑定不能」  鑑定不能。その鑑定結果を、俺は最近聞いたことがある。スカルが持っていたあの剣と同じだ。人類最強の魔術師であるアルマが鑑定不能な武器が、この世界にそう何個もあるとは思えない。 「僕が鍛えた剣だ。僕はこれを聖剣と対になる剣――魔剣と名付けた」  クロムは剣を構えると、ゆっくりとこちらに歩いてくる。 「君にはもう手加減はしない。魔王として、本気で戦ってあげるよ」  ここにきての本気宣言。俺もアルマもヤナも、もう限界だ。動けるのは。 「させないっす!」  ミンクはスライムたちを差し向け、自分は鞭で攻撃する。 「邪魔だよ」  クロムは魔剣を一振りする。ブチリと音がして、聖剣でも切れなかった竜の革から作られたミンクの鞭が切れた。 「うそ……」  鞭は長さか極めて重要だ。短くなれば威力が損なわれる。なにより、あの鞭は父親の形見だ。ミンクの精神面が心配だ。  膝をつくミンクの横をクロムは悠々と通り過ぎる。 「アルマ、ヤナを守れ」  俺は立ち上がり、クロムと対峙する。クロムの姿が掻き消える。俺は急所だけを守る。  痛みが走る。クロムの狙いは俺の首ではなく、右腕だった。右肘から先、聖者の右腕が切断される。ちゃんと加護は発動していたのに、加護ごと断ち切られた。  ここまでか……。俺が諦めかけたその時、白い布切れが俺の視界を横切る。  そこからは、全てがスローモーションに見えた。  俺を庇うヤナ。ヤナは俺を庇ったりはしないと言っていた。にもかかわらず今俺を庇おうとしている。  俺は直観に従い、左手を聖剣に伸ばす。聖女であるヤナが認めたのだ。俺にだってできるはずだ。  聖剣を握り、ヤナと魔剣の間に聖剣を滑り込ませる。 「ほう……」  クロムはニヤリと笑い、ヤナは信じられないものを見たような顔で振り向く。 「レイド、あなた……」  初めて勇者様ではなくレイドと呼んでくれたな。まあ、本物の勇者になったのに今更名前呼びというのもどうかと思うが。 「ヤナ、下がってろ」 「せめて……《回復》」  ヤナが俺の右肘に《回復》をかけると、今まで放っておいた流血が止まった。 「まずはおめでとう。新たな勇者」 「ありがとう。魔王」  互いに左腕一本で剣を構え、向かい合う。最初に仕掛けたのはクロムの方。姿が掻き消えた。だが、俺にはその動きがしっかりと見えていた。聖剣で受け止める。  どうやら、勇者になったことで加護の出力が上がっているようだ。  俺とクロムは互いに斬りあうが、互いに有効打を与えられない。  俺たちは示し合わせたかのように一旦距離を置く。 「次で決める」 「ああ、僕もだ」  俺たちは最高の一撃をぶつけあった。地面は陥没し、壁はひび割れ、空気は揺れる。  このまま聖剣と魔剣で戦っていたのでは決着はつかないだろう。だから、俺はクロムの魔剣を聖剣と引き換えに力づくで弾き、拳を握りしめてクロムの顔面に叩き込む。勇者の加護が一〇〇パーセントの出力で発動している上に、俺の腕力も乗った拳はクロムの顔を簡単に壊した。 「悪いな。こっちも命がけなんでな」  きっとクロムは聖剣と魔剣で勝負したかったはずだ。それを分かっていた上で、踏み躙った。 「ははは……自分から聖剣を手放すとは、今回の勇者はとんだ問題児だね」 「ああ、先代勇者の右腕を切り落とした偽りの勇者だ。とんだ問題児だろう?」  クロムは笑いながら体が少しずつ灰になり、風がクロムの灰を攫っていく。 「……終わったか」  俺は聖剣を回収し、地面に突き刺さったままの魔剣に手を伸ばす。人間が触ると悪影響があったりするかもしれないが、加護があるし、どのみちこのままにするわけにはいかない。このままにしておけば、必ず次代の魔王が悪用するだろう。そうならないために王国で封印措置を施さなければ。
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