五分間のその中で。

10/10
43人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
 彼に導かれ、上がる階段。二階に着くまでに彼は言う。 「ああそうだ。小雪のお父さんとお母さんは今も元気で、小雪が昔住んでいたあの家に今でも暮らしているよ」 「え」 「だからなんの心配もいらない。またすぐ会えるからね」  両親が健在かどうかなんて心配していなかった私だったが、彼が私にどうしてこんなことを教えてくれたのかと予想すれば、感謝が募った。  おそらく私はもう幾度となく、両親の生死を確かめたり確かめたがったりしたのだろう。 「ありがとうございます、ロイジさん」  彼の背中にそう呟くと、彼は「ロイジでいいよ」と笑っていた。 「ここが僕の仕事部屋。汚いけど驚かないでね」  二階のとある一室。そこの扉が開かれた瞬間、私は口元に手をあてがった。 「うわあ……」  顔、顔、顔。そこには私の笑顔が所狭しと並べられていたから。  私はその中でも一番幸せそうな私に近寄った。 「私……こんな風に笑えるんですか……?」  その絵の中の私は、まるで恋する乙女のようだった。愛しい誰かを眺めているような、そんな愛に満ちた顔をしていた。  肩に置かれた温もりで、横を向く。 「その絵は美術館で飾られていたものと同じ日に描いた絵だよ。タイトルは『今日から私は』。僕たちが入籍した日に描いたんだ」 「入籍……ロイジと結婚した日……」 「そう。それから小雪は毎日こんな風に僕へ笑顔をくれるんだ。だから僕も頑張れる」  今日から私は、愛する人と笑顔で生きていきます。  もしも私がこのタイトルの続きを考えられるとしたら、そんな文章をつけたいと思った。 「ロイジッ」  私がぎゅうと彼の胸へ飛び込んだのは、この人を心底愛おしく感じたから。 「ロイジ、大好きっ」  どこで出逢った彼なのか、付き合うきっかけは何だったのか。たった五分の間でその全てを知ることはできないけれど、それでも今私の瞳に映る彼が全てだから、そんなことは気にならない。  私はあなたを愛している。  幸せに浸れば笑みが溢れた。  私を暫く抱きしめた彼はその腕を緩めると、腕時計に目を落としてこう言った。 「小雪。僕は君の夫のロイジでここは僕たちふたりの家だ。愛してるよ」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!