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検察官が起訴状を朗読する。
「公訴事実
被告人は令和X年3月12日午後11時頃、
半谷区北4条東15丁目62番地にある民家において、
本田祥平に対し、殺意を持って、
包丁を胸部及び腹部に向けて十数回突き刺し、殺害するに至った。
以上の行為によって……」
それまで無心で白紙に緊張を落とし込んでいたペン先がゆくりなく止まった。
淡々とした口調が却って、快楽殺人の暴虐を浮き彫りにする。
私は胃の奥からせり上がる異物を抑えるのに必死だった。
被告人の背中が落ち着きなく左右に揺れている。
ちらっと覗かせる横顔に反省の色は全く見えなかった。
年齢は30代前半であろうか。やけに屈強な肉体がふてぶてしい。
傍聴席で泣き伏せる被害者の妻のことなど、
まるで構わずと言わんばかりの佇まいだ。
尖端が不意に折れた。無意識に力が入り、きつく握ってしまったのだろう。
欠けた芯は紙面に怒気の籠った黒点を残し、
しばらくの間床上を扇形の軌道で転がっていた。
「大丈夫ですか?」
右隣のディレクターが心配した様子で声を掛けてきた。
強張る微笑みだけを返し、私はそそくさと拾った。
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