苦虫を口一杯に頬張って咀嚼するかの如く……

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苦虫を口一杯に頬張って咀嚼するかの如く……

「………………………………」 (うわぁ、凄い顔してる)  願いを叶えてくれる魔王が住むという、大きな木の一本も生えていないような小さな山の噂話があった。そんな噂を信じた少年は、病が長引く母のために必死の思いで、傍目から見れば安全で険しくない山道を登ってやってきていた。少年がどんな思いをしたかは後で触れることにしよう。  頂上付近には、魔王が住むという割には普通の山小屋があるだけだった。ノックしてみた所、最初は何の反応もなく……少々ムキになって扉を叩き続けると、やがて顔を出したのがこの凄い顔をしている存在である。 (すっごいまずい何かを口いっぱいに頬張って、もぐもぐしてるように見える……けど、この小さい人? が多分そうだ!)  それは眉をハの字にし、その間にこれでもかと言わんばかりに皺を集め、目は見開いて睨みつけるかのようであった。さらに口は弓のような形に引き絞られ、近づけばきっと歯ぎしりも聞こえただろう。そして顎にもぼこぼこに見える程の皺を寄せていた。苦虫を噛み潰すという表現を知っていれば、ソレを多少誇張して表現したであろう顔である。 「あ、あの……」 「話はない、聞かない、知らん、帰れ」  ようやくその人物の口が開いたかと思ったら、その口から出てきたのは強い強い拒絶の言葉だった。 「そんな! 僕どうしてもお母さんを……」 「あー! あー! あー! なーんも! 聞こえん! なー!!」  この子供じみた抵抗をしている存在――黒いローブを身に纏った、背丈は少年と変わらない位の小柄なソレ――は、自称「魔王」のザンクエニアという名の魔導師である。 「お願い! 話を聞いて!」 「聞ーこーえーなーいー! あー! 聞ーこーえーなーいー!」  指を耳に突っ込んで、どこを見るというでなく目を見開き、一文字ずつ口にする毎に体を左右に大きくゆらして、絶対に聞いてやるもんかとばかりに煽ってくる。そんな態度に年端のいかぬ少年が我慢などできるわけもなく……  ガシッ! 「聞ーこーうえっ!?」 「聞いてよおおお!!」  ユサユサユサユサユサユサユサユサ! 「おっ! ぶぉっ! ちょっ! まっ……」  少年にがっしり襟首捕まえられて、思い切り揺さぶられるのであった。そんな事を加減も間隙もなく行えば、当然…… 「ま゛っ、ま゛っ、ぎっ、ぼっ、ぢっ、う゛っ!?」 「聞いてええええ! ……え?」 「(エレエレエレエレエレ……)」 「ぎゃー!? あ、危なかった……。ね、ねぇ? だいじょ、うっぐむっ!? ……(エレエレエレエレエレ……)」  気持ち悪くなって盛大に吐くことになった自称魔王。そして咄嗟に避けたために巻き添えを免れた少年であったが、その臭気に思わず貰いゲロ。小さな二人が仲良く逆流するシーンは、なんと言うか非常に絵面があれなのであった。  ………  ……  … 「くそう……相手がガキであることを失念しておったわ、ちくしょーが」 「ガキじゃないやい!」 「もらいゲロ垂れとる奴をガキと言わずして、何と言うんじゃこのたわけが」 「ぐぬぬぬぬ……」  と魔王はのたまうが、人によってはクリティカルなかほりとなるため、子供と比べれば耐性は高いだろうが大人でも貰いゲロする可能性がないわけではない。つまりこれは自称魔王の言いがかり100%である。  で、二人仲良くゲロった後、何とか気分を持ち直した自称魔王ことザンクエニアは、魔法でちょちょっと二人分のモザイクか虹っぽい何かで誤魔化されてるであろうアレを処分した。幸い二人共着てる物には引っ掛けなかったので、ソレだけですんでいる。で、ゲロ仲間としてなんとなく追い返すのもアレだと思ったのか、吐くだけ吐いて体力を失った少年を慮ったのかは不明だが、自称魔王は自身の山小屋の中に少年を招き入れたのである。 「ほれ、これでも飲んで落ち着け」 「あ、ありがとう」  勧められるままに差し出されたお茶を飲み、少年はふーっと溜め息を吐く。どうやって自分の望みを切り出そうか、そう思い悩み始めた頃、相対する自称魔王の口からは最初に会った時と同じように拒絶の言葉が吐き出されるのであった。 「落ち着いたならとっとと帰れ。儂は忙しい」 「やだ! 話を聞いてくれるまで帰らない!」 「ええのか? ここはちっこい山じゃが、夜になれば人喰いオーガも彷徨く程度には危険な山なんじゃぞ?」 「うえっ!? ……か、帰らない、もんっ」 「やーれやれ……めんどーくさいのー……」  頑として帰ろうとしない少年に、心底面倒臭そうに自称魔王は悪態を吐く。 (そもそもココまで来れたんじゃ。帰る筈も無いわのぉ……)  自称魔王がそう自分で納得するのにも理由があった。というのも、自身の住処の周囲には広大かつ強力な人払いの結界を、二重にして張っているのである。そこは自称であろうと魔王は魔王といった所なのだろうが、この二重結界には一つの欠点があった。それは『恐れを克服できる者』には利かないという欠点である。この結界の肝は『結界に入るものが恐れる物を、あたかもそこに居るかのような幻影を生み出す』ものであるため、感情としての『恐怖』より叶えたい『願望』の強いものは拒めないのだ。ちなみに恐れを知らぬものは、もう一つの結界である『恐れの幻影を見れぬものは通さない』機能により排除されている。……こんな結界まで用意している辺り、過去にそういう者が居たのだろうことが察せられる。 「うあー……めーんどくさいのー……」 「(ジワァ……)」 「……お涙頂戴なんぞで気が引けると思うなよ? 小僧」 「(ポロポロポロポロ……)」  口では憎まれ口を叩いておきながら、いざ少年の目からぽろぽろと涙が溢れるのをみると、内心動揺するちんちくりん。結局、自称魔王は仕方なく話を聞くことにしたのだった。 「……っちゅーても居座られてもかなわんしのー。あー! もう! ……どれ見てやろう」 「(ぱぁっ!)あ、あの僕の……」 「()ぁっとれ。今記憶を見る」  自称魔王はどこから取り出したのか、手にした水晶玉を少年の方へとかざした。すると少年の周りに、少年が最近経験した色々な出来事が映し出されたではないか! 「えっ!? えっ……と、これ?」 「じゃから黙ぁっとれっちゅーに。……ん、これか」 「お母さん!」  自称魔王が探し当てたのは病らしきもので臥せる女性が映るシーンであったが、少年の反応からもそれが当たり(・・・)であることが分かる。 「なんじゃい。病気か? 魔法協会の奴らがおれば大抵のモンは治癒できるじゃろうが。詰まらん。こんな事で命懸けで儂の所に来ようなんぞ……まて。何じゃこれは?」  自称魔王の呟きに、少年の表情が二転三転するが、ザンクエニアはそれには気づかずに独り言ちる。そして最後の最後に、少年が何故命懸けで自分を探し当てる必要があったか、その要因に目星をつける。 「魔障病……か」  魔障病、それはマナによる人体への侵食作用を指す。大気に溢れるマナは、魔法を発動させるエネルギーであり、『何物にでも変化させられる』力である。しかしその力は、時にありとあらゆる生物に牙を向くことがあるため、自称魔王の言う魔法協会たる『大魔法協会』によって、人々は保護されていた。故に、この魔障病は普通(・・)の人々の生活には全く縁の無いはずの病であった。……が、 「小僧。二、三、質問がある」 「(ヒック、ヒック、コクン)」  母を思って泣いていたらしい少年は頷きを返す。 「一つ、お主らは開拓民、森を切り開いて村を作っておるか?」 「(コクン)」 「一つ、お主らの元住んでおった場所で、飢饉、食料が不足する事態は起きたかの?」 「(コクン)」 「一つ、開拓、つまり森に行けといったのは領主かの?」 「(コクン)」 「なぁるほどのぉぅ……。いつの時代にも阿呆はおるようじゃなぁあ……?」 「(びっくぅ!)」  その日初めて自称魔王の見せた笑顔は、とてもとても、暗い昏いモノだった。少年はその異様さに涙も止まり、思わずすくみ上がる。そんな顔を見せた理由がザンクエニアの方にはあるようだが、少年は知る由もない。やがてすっくと立ち上がったザンクエニアは、 「小僧、薬はすぐに用意してやろう。少し待っとれ」 「……え? あ! ありがとう!」  言うだけ言うと、少年の反応すら待たず、小屋の奥へと引っ込んで……すぐ戻ってきた。 「ほれ、薬じゃ」 「はやっ!? 待ってないよ!? 既に作り置きしてたの!?」 「ちゃんと今作ったわい。これは一回飲めば効く。これからも小僧の集落には罹患者、病にかかるものが出て来よう。であれば、全員一つはのんでおくとええ。数は十分ある。予防にもなるじゃろうからな」 「……」  少年は胡散臭そうに薬を受け取ると、それでも意を決して立ち上がる。 「……ありがとう! 魔王様!」 「魔王に礼なんぞするんじゃないわい。ほれ、目的を達成したならとっとと帰れ」 「うん!」  そして少年は小屋を走り出て、一度だけ小屋を振り返っては手を振って……そしてひたすらに母の元へとかけていった。 「さて、次は阿呆共の始末じゃのー」  魔障病、その病が発生しうる原因は、大魔法協会の管轄外の地域というのが条件である。そのため、新しい村を興す場合は大魔法協会からの派遣を請う事が必須であった。しかしそれにはやはりというか、それなりの費用がかかるのである。  飢饉の起こった土地の領主はこう考えた。税を生み出さないばかりかその生活の保証までしなければならないとなると、ただのお荷物に過ぎない。どの道、国の方針もあって、当面の生活に必要な物資は自分が出さざるを得ない。なら、いっそ開拓でもさせればどうだろうか? もし無事に開拓できれば、長い目で見れば税収の見込みも増えるだろう。仮に失敗しても、お荷物がなくなるだけのこと。物資はおいおい届けると言っておけば良いだろう。……これが開拓村の属する領主のとった行動のあらましである。 「まぁ魔法協会の連中はたしかにごうつくばりじゃわな。……しかし、阿呆共はそれに輪をかけて醜悪じゃ」  この後、自称魔王が何をどうしたかは不明であるが、国王の視察団が何故か(・・・)少年の開拓村付近を通る事となった。突然現れた豪奢な一団に驚き、更に王までいると知ってあたふたする開拓民達であったが、これまた何故か(・・・)大量の物資が開拓村に下賜されることとなる。そのお陰か、ほとんど復興や開拓のための物資を届けられることのなかった開拓村は全滅の危機を乗り越えることができたのだった。余談であるが、その後立派に開拓をなしたという。  当然、この地の領主の悪行は、王が直接目にしたことで誤魔化しようがなかったため、程なく領主の権限を剥奪され、更に官位をかなり下げられて僻地へに飛ばされることになったりしている。 「なんじゃい、首を刎ねなんだのか。つまらん」  ……自称とはいえザンクエニアはやはり魔王であった。  ちなみにであるが、一路母の下へと駆けていった少年は、途中一切の休憩も必要とせず走り抜けられたという。 「まぁ、なめくじであっても走り出しそうな強壮作用のある茶をだしてやったからのー」  ……少年はその日、じっとしてられなくて困ったという。せっかくの母を救うシーンが台無しになったことであろう。 「儂を揺すぶりくさってくれた、ほんにささやかな()じゃ」  ……流石は魔王である。
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