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お子さ魔王の好きな事
魔王を自称するザンクエニアという名の魔導師について。
見た目は小柄で子供に見える、黒髪のちんちくりんである。というかまんま子供である。性別は不詳。そもそも誰もこんなちんちくりんを剥いたりはしない……特殊な性癖の持ち主でもない限りは。ともかくそんな見た目子供な魔王、略してお子さ魔王が大人用のローブなんかを羽織っているため、見ようによってはローブに埋もれているようにも見える。……しかしこれが普段着である。
この自称魔王の生態は非常にシンプルである。自然を愛し、静謐を好み、あるように生きる……のが表の顔。裏では日々怪しげな実験と、その実験のための素材収集に明け暮れる、素材蒐集家であった。肩書に実験狂より素材蒐集家の方が適用されるのは、勿体なくて使えないと死蔵される品々に起因する。
蒐集した素材の殆どは、流石に魔王を自称するだけあって自身の手で手に入れている。しかしながら、時代を経て熟成されたものや特定の条件下で収穫されるようなもの、何かの偶然により入手できるような品等は、流石に自力で全て手に入れるというのは難しい。なので……
「……ううう、嫌じゃぁ……嫌じゃぁ……。素材は確かに欲しい。じゃが、人と会うのは嫌なんじゃぁ……。誰か代わりに行ってきてくれんかのー……」
とまぁ、どうにもならない我儘を言いながら、それでもしっかり身支度を非常に憂鬱な面持ちでやるあたりは、蒐集したい欲求の方が勝るらしい。
「大体あやつはいつもそうなんじゃ。素材を集める能力こそは高いが、どうにも嫌味な奴なんじゃ。どうでもいい話をグダグダ続け、挙げ句に人の見てくれにまで言及してきよるんじゃ……。それこそどうでもええ話じゃろうに。下らぬ話を続けてこちらの辛抱が堪らんようになった所に、無視し得ぬ貴重な素材の話へと転換しよるのよなぁ。何時も思わず飛びついてしまうんじゃが、対価があの無駄話に含まれると思うと、本っ当に憂鬱じゃ……。金で済ませてくれるなら5倍でも10倍でも出すものを……本っ当に厭らしい奴め」
と、愚痴りながらも準備万端になったところで、一度だけ深い深ーい溜め息を吐く。
「はぁ〜〜〜〜〜ぁ。……うし! 行くかの!」
季節は春。うららかな日差しの中、勢い良く自身の住まう小屋から飛び出て……は見たものの、余程会いたくないのか何とも言えない顔作ってしばらくうだうだうろうろしているのだった。何とも残念な顔芸魔王である。やがてトボトボと歩き始め、次いでふわっと宙に浮くと、すいーっと空を飛んでフッと消えたのである。……シャボン玉か。
………
……
…
「ウヴォアァ……ひっ、人が、多……ウヴォアァぁぁぁあ……」
今、自称魔王は取引相手が住まう拠点の都市にやってきていた。そして早速、人いきれに酔っていた。……吐くほどではなかったが、弱音は盛大に吐いていた。
「何でこんなに人が居るんじゃ。何でこんなに集まっとんじゃ。何でこんな……っっあ――――――っ!」
頭を抱えて突然叫びだす子供に道行く人々はぎょっとするものの、特に興味は持たずに歩みも止めることはなく行き過ぎていく。
「……かへりたひ」
「おい坊主。……嬢ちゃんか? どっちでも良いが、迷子なら冒険者ギルドに連れて行ってやろうか?」
へたり込んでいる見た目お子様な自称魔王を見かねたのか、見た目はイカツイが気の良いらしい男性冒険者が声を掛けてきた。既に大量の人混みで感覚が麻痺していた魔王は、声を掛けてくるのが一人でも万でも変わりゃせんと、ここで若干の開き直りを見せた。
「ぬー……それもええのぉ。っちゅうか、いっそ運んでもらう依頼でも出してしまおうかの。頼まれてくれるか?」
「な、なんだ坊主、金持ちのボンボンだったのか……? 言っとくが、つまんねえ依頼でも最初の最初は依頼者登録料が発生するんだぜ? よっぽどの商会のボンボンでもなければきついぞ?」
やはり気の良いらしい男は、相手を魔王とも知らずどこぞの物も知らないぼんぼんだと思いこみ、けして安くない依頼者登録料の事を教えるのだった。これが貧しい村だとかになると、必ずある(はず)の大魔法協会支部に備え付けられている連絡専用魔道具により、大魔法協会経由で国に連絡が届き、次いで冒険者ギルドへと依頼が出されるのである。この場合の登録者は当然国である。
「登録金のことは勿論知っておる。というか、既に冒険者にも依頼者の方にも登録済みじゃ」
「は? 依頼者登録していることにも驚きだが……冒険者? おチビがか?」
「何かで必要になるかもしれんと思ってなー」
普段であれば、あまり容姿に触れられるのは好まない自称魔王であったが、今はかなり精神が参っているらしく、条件反射のように受け答えている。そんな様子をなんとなく察したのか、冒険者もこれ以上詮索すべきではないと判断して本題に入る。
「……あー。で、どうする? 連れて行こうか?」
「むー……。お願いしよう」
「んで、担いだ方が良いか? それとも抱き上げるか?」
「……お主の肩に乗せてもらおうかの」
と、自称魔王が口にするやいなや、ふわっと浮き上がる。
「うおっ!? おチビはそんななりで魔法使いだったのか……って、おっと危ねえ」
それに驚いて冒険者が立ち上がると、お子様はその肩に腰を下ろした。了承も得ぬまま急に乗っかってきたそれを、慌てて手で支えるあたり、この強面な冒険者はやはり気が良いらしい。
「まー、もうちっと上等な存在なんじゃが、それはまぁええわい」
………
……
…
無事にギルドに着いた二人は脇目も振らずに受付へと歩を進める。二人の様子に思わず吹きそうになるものの、何とか堪えた受付嬢は自称魔王の照会手続きを行うのであった。
「(ぷふっ)……こほん。失礼致しました。照会させて頂きますね。えー……っと、ザンクエニア様……ですね。………………ええっ!? ……あっ! 失礼しました! か、確認ですが……ぁ、雑務・探索・開拓・冒険者資格をお持ちの戦闘ランク7の冒険者様、で間違いない……でしょうか?」
「うんむ」
「はぁっ!?」
大仰に胸を張って頷く自称魔王と、内容に仰天する肩を貸してる冒険者。
冒険者とそれ以外は仕事内容が違う。雑務はそれこそ一般人でも受けることのできるレベルで、広く一般に公開されている。それをある程度こなす、もしくは一定の実力が認められれば次の探索業務を受けれるようになる。さらにそこでの実績を積めば、次は未知の領域への調査依頼を受けれるようになるのである。探索には飛び級が認められているが、開拓に関しては実績を積む以外にない。
次に冒険者である。ランクについては、基本的に戦闘と指揮に分かれており、ここに社交を加えて平均化したものが総合ランクである。当然、戦闘ランクは戦闘力が指標となる。総合ランクは、果ては爵位にもつながるのだがこの魔王……
「……指揮と社交が0のまま……ですけど?」
「(ぷいっ)」
そこはバツが悪そうに、頬を膨らませてそっぽを向くのであった。
「0って……」
「少しだけでも上げて頂ければ、依頼料にも色を付けさせて頂きますが……?」
「お断りじゃい」
にべもなく断る魔王に苦笑するしかない受付嬢と、もはや何を言って良いか分からないので口を噤むことにした冒険者。カオスである。ちんちくりんながら、この状況を作り出す辺りはさすが魔王である。ちなみに戦闘ランク7ともなれば、亜竜種の討伐要請なんかもかかるレベルである。そこもさすがは魔王といった所か。
「とにかく、指揮と社交が0で戦闘7の冒険者で間違っとりゃせんよ。何なら魔法でも見せてやろうかの?」
「おいおい!?」
「い、いえいえ! 申し訳ありません! 魔力紋による照合も済んでおりますし! ……疑うつもり、では……」
と言いながらも眼の泳ぐ受付嬢。恐らく彼女が疑っているのは、年齢の部分であると思われる。なにせこの魔王が冒険者などに登録したのは、古い古い昔の……コホン、とにかくありえない年齢のはずであったからだ。
「良い良い、この見た目ゆえな。で、じゃ。今回は依頼を出す側で来とるんじゃが……」
「……」
「……あ、はい、えっと……5等級!? 依頼者様……でした、か」
「!?」
「おおう? 使ってないと思っとったが、割と使っておったんじゃのー」
依頼者等級は、登録金の金貨の桁−1が等級となる。5等級なので0が5+1の6つ、金貨100万枚分ということである。依頼は、登録金の1割までの報酬の依頼を発注することができ、消費額が登録金を超えた場合に等級を上げるかどうかを決めることができる。つまり、依頼者等級はただ預けただけで上がるのではなく、何度も依頼をして信頼を築き上げた果に上がるのだ。……が、しかしながらこの魔王、冒険者活動で得た資金はそのままギルドにプールしており、最初はまめに依頼を出していたものの、面倒くさくなって自動的に素材収集依頼を出すようにしてもらい、それが積もり積もった結果であったようだ。
「えーっと……最近ご依頼なされてないようですね? 当方と致しましては、もう少し預託金を消費して頂ければ……」
「おお、すまん。自動的に依頼を発注するようにしてあったと思うんじゃが、とんと素材を取りに来ておらなんだ。恐らく個人倉庫が満杯になって、新たな発注がなされておらんのじゃろう。人混みが苦手故、無精をした。済まん」
「いえいえ! こちらこそ失礼な物言いを……。ええっと、それで……今回のご依頼の件は?」
「『レグイン商会』支部、魔法素材部門出張所……要はその支店への儂の護送じゃ」
「はい。『レグイン商会』支店への護送……は? え??」
(ただの道案内ではなく、依頼料の跳ね上がる護送で、依頼? え? というか、護送? 戦闘ランク7の人物を?)
と不思議に思った受付嬢は、魔王を肩に乗せた冒険者を見る。悪い人物ではない……というか、かなり善良な人物である。しかしながら、戦闘ランクは3止まりの、ありていに言って何処にでもいる普通の冒険者であった。……護送? 圧倒的に格下が格上を? と、とにかく飲み込めないでいた。そんなものだから、二度見、三度見に留まらず、視線を何度も魔王と冒険者の間を往復させるのだった。
「……流石になんか居た堪れないんだが」
「そうさのぅ……。のう? おぬし。儂がこやつに依頼すると言うとるんじゃ。少々無礼じゃなかろうかの?」
「えっ……あっ! ……す、済みません」
「よい。ああ、そうそうそれとじゃ。この者は儂のことを町中でぐったりしてる所を拾ってくれての? ついでにここまでの護送も一つ依頼料に上乗せしてくれると助かるわい。まぁなんじゃ、つまりこのまんま運んでもらおうと思っとるんじゃよ。儂、ギルドにゃそれ位の金、預けておるじゃろ?」
「………………」
「上のモンからも、預けっぱなしじゃなくてもっと使えとせっつかれておるんじゃが、預託金の額からしてそれは分かるじゃろう? じゃから少しでも使おうと……ん? どうした? 受理するのかせんのかどっちじゃ?」
「……! あ、はい! 承りました!」
「うむ。善きにはからえ」
魔王を肩に乗せた冒険者は、振り回されっぱなしの受付嬢に心底同情するのだった。
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